メリトクラシー(2015/02/27)
「メリトクラシー」という言葉を初めて聞いた。もともとは生まれや身分によって地位が決定された前近代社会から、個人の業績(メリット)によって地位が決定される近代社会への転換によって広がった原理をいう言葉だそうである。
先日の衆院代表質問で、民主党の岡田代表が「最大の問題は成果の果実を分配する視点が欠落していること。先進国の中で最も格差の大きい国の一つだ」という質問に、安倍首相は「頑張れば報われる社会の実現に向け尽力していく」と述べた。
日経新聞の「日曜に考える」で、論説副委員長の大島さんが「教育格差が未来を奪う~やまぬ機会不平等の連鎖~」というタイトルでこの問題を論じている。大島さんはまず、高度経済成長真っ盛りの1962年(昭和37年)の大ヒット曲、「いつでも夢を」を引き合いに出す。この歌は橋幸夫と吉永小百合のデュエットで日本レコード大賞グランプリに輝いた曲(佐伯孝夫作詞、吉田正作曲)であり、私が中学校の頃に流行った。「いつでも夢を」というタイトルの割には歌詞の内容は平凡で、「星よりひそかに 雨よりやさしく あの娘はいつも 歌ってる 声が聞こえる 淋しい胸に 涙に濡れた この胸に 言っているいる お持ちなさいな いつでも夢を いつでも夢を・・・」というようなものである。私が当時買った数少ないドーナツ盤の一枚である。
歌の内容はともかく、この時代は若人には「夢の持てる」時代であったことは確かである。「一生懸命に努力したら報われる、明日は今日より、いい日が来るだろう」という希望の持てた時代であった
今にして思えば、私の高校の先生方は実に熱心に生徒を指導してくれた。私を含めて当時は学習塾に通っていた人は少ないと思われるが、その分、学校の先生方が熱心に補ってくれた。我が子でもないのに、どうしてあれほどまでに情熱を傾けることができたのか、驚くばかりである。私の担任はそこまではしなかったが、夜自転車で勉強しているかどうかを見回っていた先生もいたということである。「鹿児島県は取り立てて産業もない。貧しい県だ。お前等は勉強して、社会に素手で挑んでいかなければならないのだ」と口癖のように言っていたことを覚えている。
ところが最近では、親の経済力や家庭環境によって子どもの学力が大きく左右され、その結果、いわゆる有名大学と呼ばれる大学の入学者は家庭が貧乏ではなかなか入学できなくなっている。幼児教育、塾の費用、教材、そして高い入学金などが、大きな障壁となって立ちはだかる。6年後の新しい指導要領では英語のヒアリングなどが重視されるということだが、なおさら田舎の生徒には不利に働かないかと心配になる。
戦後の日本は教育の機会均等が図られ、未来に希望が持てる社会だったからこそ、国内的にも平和な社会が維持できたのだと思う。格差が大きくなると治安も悪くなり、全体として暮らしにくい世の中になっていくのではないだろうか。
先日の衆院代表質問で、民主党の岡田代表が「最大の問題は成果の果実を分配する視点が欠落していること。先進国の中で最も格差の大きい国の一つだ」という質問に、安倍首相は「頑張れば報われる社会の実現に向け尽力していく」と述べた。
日経新聞の「日曜に考える」で、論説副委員長の大島さんが「教育格差が未来を奪う~やまぬ機会不平等の連鎖~」というタイトルでこの問題を論じている。大島さんはまず、高度経済成長真っ盛りの1962年(昭和37年)の大ヒット曲、「いつでも夢を」を引き合いに出す。この歌は橋幸夫と吉永小百合のデュエットで日本レコード大賞グランプリに輝いた曲(佐伯孝夫作詞、吉田正作曲)であり、私が中学校の頃に流行った。「いつでも夢を」というタイトルの割には歌詞の内容は平凡で、「星よりひそかに 雨よりやさしく あの娘はいつも 歌ってる 声が聞こえる 淋しい胸に 涙に濡れた この胸に 言っているいる お持ちなさいな いつでも夢を いつでも夢を・・・」というようなものである。私が当時買った数少ないドーナツ盤の一枚である。
歌の内容はともかく、この時代は若人には「夢の持てる」時代であったことは確かである。「一生懸命に努力したら報われる、明日は今日より、いい日が来るだろう」という希望の持てた時代であった
今にして思えば、私の高校の先生方は実に熱心に生徒を指導してくれた。私を含めて当時は学習塾に通っていた人は少ないと思われるが、その分、学校の先生方が熱心に補ってくれた。我が子でもないのに、どうしてあれほどまでに情熱を傾けることができたのか、驚くばかりである。私の担任はそこまではしなかったが、夜自転車で勉強しているかどうかを見回っていた先生もいたということである。「鹿児島県は取り立てて産業もない。貧しい県だ。お前等は勉強して、社会に素手で挑んでいかなければならないのだ」と口癖のように言っていたことを覚えている。
ところが最近では、親の経済力や家庭環境によって子どもの学力が大きく左右され、その結果、いわゆる有名大学と呼ばれる大学の入学者は家庭が貧乏ではなかなか入学できなくなっている。幼児教育、塾の費用、教材、そして高い入学金などが、大きな障壁となって立ちはだかる。6年後の新しい指導要領では英語のヒアリングなどが重視されるということだが、なおさら田舎の生徒には不利に働かないかと心配になる。
戦後の日本は教育の機会均等が図られ、未来に希望が持てる社会だったからこそ、国内的にも平和な社会が維持できたのだと思う。格差が大きくなると治安も悪くなり、全体として暮らしにくい世の中になっていくのではないだろうか。
