Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

今後の地域における急性期病院の役割は(前)(2015/02/10) 

日本ケミファ(株)が医療関係者向けの新しい情報誌を刊行するということで、「地域に根ざした急性期病院の役割」というテーマで取材を受けた。頭の整理をするためにもいい機会と考えて、江藤事務長にも協力をもらって一緒にインタビューに応じた。
 当初3人が来られると聞いていたが、院長室に入ってきたのは日本ケミファの社員も含めて5人だった。肩の凝らない座談になったのは、今回の情報誌の委託を受けていたのが日本経営(株)の山口さんであったからである。彼とは十数年前からの旧知の仲で、以前日総研に勤めていたときには、医療安全の本や「病む人に学ぶ」の編集もしてもらったことがある。また当時はお互いにトラキチだったので、東京の会議の折りなど試合経過が気になって、携帯電話で「今、なんたいなんけ(何点対何点?)」と聞いたりしていたものである。当時はスマートフォンもなく、おまけに彼も鹿児島県出身だったので「鹿児島弁」も通じたのである。
 さて今回のインタビューのサブテーマは「南風病院の概要と地域におけるポジショニング」と「地方都市における急性期病院の経営課題と対応」というものである。
 ご存知のように我が病院は昭和29年(1954年)に前会長の川井田多喜さんが、民生委員として働く中で「結核療養所」の必要性を感じ、南風荘というホテルを改装して創設したものである。その後、時代の要請に応える形でさまざまな診療機能を積極的に取り込み、現在に至っている。昨年60周年を迎えたが、「ひとにやさしく あたたかく」という経営理念のもと、全職員で力を合わせて地域医療の推進のためにまい進していると考えている。
 さて27年度のビジョンは「急性期病院として、高度で質の高い医療のできる病院となる」ことをあげている。そのための基本方針は①科学の進歩に沿った医療、②退院促進、③再診の減、④新入院の増、⑤手術件数の増、⑥重症度、医療・看護必要度の維持、⑦次世代を担う人材の育成である。特に今年は次世代を担い人材の育成を追加したが、南風病院が今まで以上に発展できるかどうかは、一に若い有能な人を育成できるかどうかにかかっている。
 行動指針として、「よく考えて、着実に行動する」を肝に銘じておきたい。
 とはいえ、急性期病院を巡る外部環境は厳しさを増してきている。国は巨額の財政赤字の解消のために医療費の節減、7:1施設基準の病床数の削減に、本気に取り組んできている。鹿児島県は全国2番目の病床過剰地域であり、今後県の地域医療ビジョン作成の過程では、急性期病院の大幅な再編も予測される。またDPCデータからの推計では、多数のがん患者が福岡や大阪、東京などの大都市で治療を受けるという患者流出地域の一つになっていることも大きな問題である。南風病院としては、特にがん患者などのような待機手術の可能な患者さんの治療は、地元鹿児島で行って欲しいと思っている。そのためには、患者さんの納得する質の高い高度医療を提供できるように、自ら努力していかなければならない。
 わが南風病院の大きな目標として、各診療科が専門性の高い医療を行い、がんと整形外科的な疾患の治療を両輪として、地域から求められている救急患者の受け入れも、これまでと同様に「断らない」ように努めていきたい。その結果としてDPCⅡ群の維持や領域別のがん拠点病院の指定を受けられることができたらと願っている。
 (なお昨日のこのランで、View号を船舶振興会から寄贈されたものと書いたが、山田君から、出水市のS院長から寄贈されたものとの指摘があった)。