Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

藪椿(2015/02/09) 

先日、このランで日高君の「サザンカ」のグラフィックによる絵を供覧したところ、コピーして机の本棚に飾ってくれた人がいたので、気を良くして第二弾「藪椿」を提供したい。
 この花は庭木の中でももっともよく見かける椿で、花は大きくやや筒型、花ごと散る、花びらは厚みがあると記されている。数年前に「随筆かごしま」に日高君との合作(彼がグラフィックを、私が小文を)に取り組んだことがあったが、この時に「この季節になると椿が描きたくなります。やはり日本人なのですね」と寄稿していた。
 でも、「偶然」というものに驚いた。考えられないことが起きるものである。
 6日の夕方4時半ごろ、PET検診センターの結果説明のために、病院前の交差点で信号待ちをしていた。すると、View号という文字がワゴン車のドアに書かれた南九州病院の車が停まっていたのである。この車は出水市で開業されている病院の院長さんから寄贈されたものである(実は以下の文を、この交差点に来る前に書いたばかりだったのだ)。
 1996年(平成8年)、当時加治木養護学校に勤めておられた川涯利雄先生(有名な歌人で、いくつも歌集を出版されている)が中心になって、「Viewの会」というものを設立し、患者の岩崎さんが会長で、私も一時期副会長として参加していた。趣旨は「福祉の視点から文化を拓く」というもので、南九州病院の横を流れる別府川は地元の人たちがビュー川と呼んでいたので、「Viewの会」と名付けた経緯がある。活動の一つに、年に二回機関誌「View川通信」を発行し、また秋には講演会なども企画していた。講演会には手弁当で、NHKの鈴木健二、嶋村俊治の両アナウンサーや、『千の風になって』でブレークした芥川賞作家の新井満さんなども講演してくれた。
 さて日高君のことに戻るが、彼は2000年(平成12年)に歌集「花のちから」を出版しているが、その「あとがき」に川涯先生が一文を寄せている。
 ・・・彼は謙虚な人です。出会う人々に感謝し、献身的な看護婦さんの仕事に感激し、その美しい生き方に恋(彼の恋は生命への賛美そのものです)をし、花を愛し、風を愛し、気温の移り変わりに、循環する宇宙の真理を感受します。筋ジストロフィーという過酷な運命にさえ感謝し、遠からず来るに決まっている死さえ受け入れて、しずかな心で日々を過ごしています。みごとな達観です。
 まさに川涯先生の書かれた通りで、誇張も嘘偽りもなかったと思う。そんな男だった。
 この「達観」という言葉に、筋ジストロフィー患者の心模様が凝縮されているようにも思われる。百寿者にみられる「老年的超越」と同じような感覚で、生への残された時間が限られ短くなると、気持ちを安定させる方向に内的エネルギーが向けられるのではないかと推察する。権藤恭之さんのいわれる「できなくなるのを嘆くのでなく、できなくなるのは自然なことと受け止めて、できることを楽しむことで、喪失の中で自分らしさを失わずに生きていく」、まさにそのものの姿が日高君の人生だったように思う。

椿