徳之島巡回医療相談(前)(2015/02/02)
私が所長を兼務している難病医療相談・支援センターの業務の一つに「巡回医療相談」というものがある。鹿児島県には離島が多いので、かねて医療相談に来にくい離島にはセンターから出かけて行って相談を受けようというものである。 今回は1月19日、徳之島保健所で開催することになり、センターの永山保健師と同行することになった。午前9時にセンターに集合して、永山さんの運転で鹿児島空港へと向かった。センターと南風病院は車でわずか5分ほどの距離にあるため、私はいつものように病院での朝の「日常業務」を済ませて、自分の車でセンターまで出かけそこから同行させてもらった。 徳之島への飛行機(プロペラ)は10時50分発であったが出発が20分ほど遅れた。おまけに逆風のために30分ほど遅れて、12時半頃に徳之島空港に到着した。空港まで迎えに来てくれていた加治技術主幹(保健師)と、空港近くの「きりしま食堂」で昼食を駆け込んで天城町役場に向かった。 ところで徳之島は、私にとっては初めて訪問する島である。徳之島は奄美群島の中心に位置し、琉球と薩摩の両方から影響を受けた歴史や独自の文化を持つ島であるという。面積は約247.77km2、周囲およそ80km。日本では北方領土の色丹島よりやや小さく、14番目の面積を持ち、人口は約27,000人である。特筆すべきは合計特殊出生率が国内第1位から第3位を島内の3町が占めていることである。そのため空港名も「徳之島子宝空港」となっている。農業が盛んで、奄美群島の中で最も多くサトウキビが生産されている。気候は沖縄諸島などと同じく亜熱帯性気候に属し、一年を通して暖かく、冬の寒い日の日中の気温はおおむね13度くらいで、最低気温が10℃を割り込む日も冬季月において月に数日程度であるという。わたしにとっては徳之島は、あの昭和の横綱、朝潮太郎を生んだ土地である。また今では、徳田寅雄の出身地としても有名である。 医療相談は定刻の13時30分に始まった。時間的にはタイトであったが、保健師の山口さんや税所さんがパソコンなどセットアップしてくれていたので、余裕で時間に間に合わせることができた。 まず、出席者に「かねて気になっていること」をあげてもらったが、網膜色素変性症とパーキンソン病の方から2,3質問があったのみだったので、とりあえずスライドを使いながら「難病との付き合い方や、新しい難病法についての講話」から始めることにした。 まずのっけから、島倉千代子の顔写真と「人生いろいろ」の歌詞を映し出した。参加されている方は40人ほどで結構年輩の方が多く、難病の患者さんとその家族が主である。 「難病という病気との闘いは、果てしなく大変で長い。それでも人生は人それぞれだし、病気もそれぞれだし、一生の中ではいろんなことがある。くよくよするのはやめて希望を持って生きてほしい」というようなメッセージである。 また轟木君の「(その日その日を)一生懸命に生きる」という意味についても話した。どこまでわかってもらえたかわからないが、ただ「病気は病気になった人にしか本当のところはわからない」という真理は、お互い忘れないでいたい。 ちょっと嬉しかったのは、出席していたある女性が「今度の難病法の改正で、私は自己負担が増えてしまいました。不満に思っていたのですが、先生の今日のお話を聞いて、新たに難病として助成される人も増えたんだと、他の人のことも考えられるようになりました」と感想を述べられたことである。
