Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

心の整え方(後)(2015/03/26) 

松山大耕さん(妙心寺退蔵院副住職)は、禅の教えとして「心の洗濯」を挙げています。
 年末までに大掃除をして、心の洗濯をして、清々しい気持ちで新年を迎えることが必要です、と。禅の世界に「無用の用」という言葉があります。「一見、役に立たないと思われるものが、実は大きな役割を果たしている」という意味です。無用の長物の真逆ですね。
 普段の生活の中で誰しもが感じる、なんとなくすっきりしない、何かもやもやしている、といった違和感についての対処法にも言及されます。そのためには身の回りの掃除だけでなく、心の洗濯も欠かせない。日常生活で生まれてくるストレスや心配事など、気づかないうちに私たちの心のグラスは一杯の状態になってしまう。現代のような情報化社会では心の空っぽであることに不安を覚えがちです。実はその溢れんばかりの情報や知識のために、私たちの心はストレスや緊張で常にいっぱいの状態にある。心の健康を保つために、心の洗濯をして、空っぽの状態を作っておくことが重要であると。
 心の洗濯法にはいくつかあります。
 まずは「一日一度は静かに座って、身と呼吸と心を整える」ということ。短時間でもいいから、一日一度は心を空っぽにする時間を設ける。5分でも10分でもいいので、毎日継続することが必要です。
 禅語に「心外無法満目青山」という言葉がある。心の外に法はない。つまり、これがきれいだとか楽しいとか苦しいとか、そういったルールを作っているのは全て自分の心です。
 そして心の洗濯のためには、一つのものに集中すること。一つ一つの動作に集中していくという姿勢、食事も、寝る時も。そういう習慣をつけていけば生活にメリハリが出てきますし、本当のものの価値がわかってきます。
 このPHP799号で最も印象に残ったのは、「生きる」というコーナーの「涙のあとには虹がかかるよ」という中尾則幸さん(67歳)の随筆でした。抜粋で要約を。
 中尾さんの奥さんは45歳の時に思いも寄らない乳がんを発病。かって看護師として働いていたこともあって、がんの告知を自ら受けた。余命一年という厳しい宣告だったが、あらゆる治療を受け、入退院を繰り返しながら6年間闘病する。「明日を思い患うより今日一日、精一杯生きて行こう」そんな前向きな姿勢に、折れそうになる心を支えてきた。
 亡くなる3か月前には、院長から同じがん病棟の患者さんの心のケアを依頼された。私は反対したが「これは自分のためなの。だって薬では治せない心の痛みを二人で半分にするのと、同病の若い患者さんと「涙の後には、きっと虹がかかるよ。ねえ二人で祈ろう」」とした36歳の若い奥さんは亡くなっていった。10月中旬、息子の高校卒業を見届けたいという妻の願いはかなわず、息を引き取った。「パパ、ありがとう。長生きしてね」が、妻の最後の言葉だった。これから、どんな困難にぶつかっても「涙のあとには虹がかかるよ」と。