失敗から学ぶ(2015/03/23)
NHKBSの磯田道史(歴史学者・静岡文化芸術大学文化政策学部教授)と渡邊佐和子(NHKアナ)の司会による「英雄たちの選択」はいつも面白く観ている。先日のタイトルは「大敗北が家康を天下人にした知られざる三方ヶ原の戦い」というものである。医療安全の分野では今や「人口に膾炙する」感のある「失敗から学ぶ」というものに通じる構成となっていた。
この「失敗から学ぶ」と言葉は自分の人生を振り返っても真実であるが、本音では失敗したことは思い出したくもないし、できたら蓋をしておきたいほどである。でも人間が成長するためには成功体験よりも、その失敗を二度としないように戒めとして活用する方が益することははるかに多い。
さて家康(31歳)が九死に一生を得た負け戦とは、元亀3年、戦国最強をうたわれた武田信玄と戦った「三方ヶ原の戦い」である。通説では、兵力において圧倒的不利にもかかわらず、領国を素通りされることを恥と考えた若き家康が意地で始めた戦いだとされてきた。だが新資料によれば徳川・織田連合軍には互角の兵力があった可能性が出てきた。ではなぜ家康は敗れたのか。さらに大敗北から何を学び、何を変えることで、天下人へと変貌を遂げたのか、この番組で真相に迫る、という謳い文句である。
敗れて城に戻った家康は、疲労困憊、憔悴し、苦渋に満ちた己の辛そうな表情を、絵師に描かせた。そして戒めのため、生涯手元に置いていたと伝えられている。これが有名な「徳川家康三方ヶ原戦役画像」、別名「しかみ(しかめっつら)像」といわれる。磯田はこの像には三つの意味が込められていると解釈する。まず第一は天狗になるなという自らに対する反省、第二は地元へのアピール、すなわち地元三河のために戦ったのだという、今でいう選挙効果、第三には子孫に慢心するなという「戒めを残す」意味があるという。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という格言がある。自分の経験という狭い範囲に捉われず、過去の歴史書を読めば、先人の多数の経験から学ぶことができるという意味である。
この時の議論で多くの識者から出されていたのは、「子供の時、若い時にはたくさんの失敗をしてもいい。ただ失敗した時の対処法、すなわち受け身を学ばなければならない」ということだった。家康もこの戦いに負けたからこそ学ぶことが多く、後の関ヶ原の合戦に生かしたのである。そして勝者の武田軍団の戦法を学び、将兵を自らの家臣団の中核に据えるという懐の大きさも示した。
家康は中国の古典「易経」を小さいころに学んだということだが、その一つに「困は、窮して通ず」、すなわち「うまくいかないときに困りきると、かえって活路が見出されるという」ものがある。ところが磯田によると、その後があって、そこが大切なのだと力説していた。すなわち「変ずれば則ち通ず、通ずれば則ち久し」で、人間は変わることで道が拓けて、最後には成功するという故事だそうである。
あのフレデリック・アミエル(スイス)の「心が変われば行動が変わる/行動が変われば習慣が変わる/習慣が変われば人格が変わる/人格が変われば運命が変わる/運命が変われば人生が変わる」に通じるものがある。
この「失敗から学ぶ」と言葉は自分の人生を振り返っても真実であるが、本音では失敗したことは思い出したくもないし、できたら蓋をしておきたいほどである。でも人間が成長するためには成功体験よりも、その失敗を二度としないように戒めとして活用する方が益することははるかに多い。
さて家康(31歳)が九死に一生を得た負け戦とは、元亀3年、戦国最強をうたわれた武田信玄と戦った「三方ヶ原の戦い」である。通説では、兵力において圧倒的不利にもかかわらず、領国を素通りされることを恥と考えた若き家康が意地で始めた戦いだとされてきた。だが新資料によれば徳川・織田連合軍には互角の兵力があった可能性が出てきた。ではなぜ家康は敗れたのか。さらに大敗北から何を学び、何を変えることで、天下人へと変貌を遂げたのか、この番組で真相に迫る、という謳い文句である。
敗れて城に戻った家康は、疲労困憊、憔悴し、苦渋に満ちた己の辛そうな表情を、絵師に描かせた。そして戒めのため、生涯手元に置いていたと伝えられている。これが有名な「徳川家康三方ヶ原戦役画像」、別名「しかみ(しかめっつら)像」といわれる。磯田はこの像には三つの意味が込められていると解釈する。まず第一は天狗になるなという自らに対する反省、第二は地元へのアピール、すなわち地元三河のために戦ったのだという、今でいう選挙効果、第三には子孫に慢心するなという「戒めを残す」意味があるという。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という格言がある。自分の経験という狭い範囲に捉われず、過去の歴史書を読めば、先人の多数の経験から学ぶことができるという意味である。
この時の議論で多くの識者から出されていたのは、「子供の時、若い時にはたくさんの失敗をしてもいい。ただ失敗した時の対処法、すなわち受け身を学ばなければならない」ということだった。家康もこの戦いに負けたからこそ学ぶことが多く、後の関ヶ原の合戦に生かしたのである。そして勝者の武田軍団の戦法を学び、将兵を自らの家臣団の中核に据えるという懐の大きさも示した。
家康は中国の古典「易経」を小さいころに学んだということだが、その一つに「困は、窮して通ず」、すなわち「うまくいかないときに困りきると、かえって活路が見出されるという」ものがある。ところが磯田によると、その後があって、そこが大切なのだと力説していた。すなわち「変ずれば則ち通ず、通ずれば則ち久し」で、人間は変わることで道が拓けて、最後には成功するという故事だそうである。
あのフレデリック・アミエル(スイス)の「心が変われば行動が変わる/行動が変われば習慣が変わる/習慣が変われば人格が変わる/人格が変われば運命が変わる/運命が変われば人生が変わる」に通じるものがある。
