Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

オリバー・サックス(2015/03/06) 

朝、恒例となったその場ジョギングをしながら、NHK Eテレのスーパープレゼンテーションを何気なくみている。すると画面の下に「オリバー・サックス」という名前の白髪の男性が、聴衆に向かって熱心に語りかけている。その時、オリバー・サックスとはあの「レナードの朝」のサックスだろうかと思って調べてみると、まぎれもなく同一人物だった。なんとまだ「生きていた」のである。
 ウキペディアから引用する。
 1933年にロンドンで生まれ、総合診療医の父と外科医の母に育てられる。1958年にオックスフォード大学クイーンズ・カレッジで医学の学位を取得し、1962年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校で神経医学の研修医となる。1965年以来ニューヨークに居住している。アルバート・アインシュタイン医科大学の神経科臨床医学の教授であり、また貧民救済修道女会の顧問神経学者でもある。ニューヨーク市内で開業している。著作には彼の担当した患者について、その詳細までが記されており、特に患者の体験に主眼が置かれている。そのうち一例では、サックス自身の例を挙げている。多くの場合、患者は完治することはないが、その代わりに自身の状況に新たな手段で対応している。彼の代表作『レナードの朝』では、彼が1920年代生まれの嗜眠性障害の患者に新薬のL-ドーパを投与した経験について書かれている。これはイギリスで制作されたテレビ番組「ディスカバリー」の題材にもなっている。
 私はこの「レナードの朝」という単行本(早川書房)を、十数年前に当時鹿児島大学眼科学教授だった大庭紀雄先生から送呈されたことがあった。さほど親しい間柄でもなかったので、どのようないきさつで頂いたのかは思い出せないが、訳者の春日井晶子さんが大庭先生の娘さんであることなどの手紙も添えられていた。
 有名な話であるが、サックスが1969年に嗜眠性脳炎後遺症の患者にLドーパを処方したところ、奇跡的な「目覚め」が起きたのである。それまで自分の意志で動くことも話すこともできず凍りついたような患者が次々と動けるようになったのだから、その衝撃は大きかった。ところが次第に副作用が出現して、結果的には一時的な「目覚め」を後悔する人まで現れた。私たち神経内科医が、現在パーキンソン病の長期投与に伴う副作用と葛藤している「予兆」のような出来事だったのである。
 さてこのプレゼンでは、サックスはシャルル・ボネ症候群(視覚障害者に生じる正常人が経験する幻覚症状の一種 )について語っている。シャルル・ボネは1720年生まれのスイスの博物学者・哲学者で、この症候群については1760年に記載しているが、最初の英語圏の精神医学に紹介されたのはずいぶん後のことで、1982年だという。
 サックスの話では「この幻覚症状があったのは シャルルボネではなく、彼の祖父で高齢の裁判官でした。白内障の手術を受け視力は相当悪かった。1759年 彼は自分の幻覚症状を 孫に話したのです・・・視力を失うと、脳の視覚部分に入る情報が無くなるために、そこが活動過多になります。そして自発的に作用してしまい幻覚を見始めるのです・・・実は私(サックス)も視覚障害者です。片目は失明して、もう片方も良好ではありません。幾何学模様の幻覚が見えます。他は見えません」。
 人間の脳はよくできており、筋ジス患者のように脳の運動神経細胞を使うことが少なくなると前頭葉など他の部分が活発に働くようになるのではないかと思うことは多々あった。実に創造的な文化活動にいそしめる多くの患者に出会ったからである。
 また幻肢痛(げんしつう)という現象も時に経験する。けがや病気によって四肢を切断した患者で、あるはずもない手や足が痛む症状である。例えば足を切断したにもかかわらず、つま先に痛みを感じるといった状態である。
 サックスは何十年にもわたって、脳機能障害の患者さんと接しながら、たくさんの本を書いてきている。今後数十年以内に脳の理解と治療法は、ものすごいスピードで伸びていくと考えられる。サックスさんが集めてきた大量の患者さんのデータと、彼の書いた本が脳神経科学の分野で重要な貢献をすると期待されている。