主治医とは(2015/04/03)
Wikipediaでは「主治医とは、ある患者の疾患の診療方針全般に対して主たる責任を有する医師のことである。外来診療や入院診療における『担当医』と同義であることが多いが、ある患者の身体・健康、その他の状態について最もよく理解している者であることが期待される」と書かれている。
私は、どんなに若くても、また客観的に評価すればまだ技量は稚拙でも、入院中の患者さんからみれば「主治医は教授よりも偉いと思うものだ」と確信してきた。私自身はまだ入院生活を経験したことがないので本当のところはよくわからないが、義母が入院していたときに主治医の回診をいつも首を長くして待っていたことを思い出す。もうずいぶん昔のことになるが、私がまだ主治医として患者さんを受け持っていた頃は、それほどまでの自覚はなかった。しかし患者さんのベッドサイドに顔を出すと、顔色が瞬間的に和らぎ心から喜んでくれるのがよくわかったものである。
医者になりたての頃、当時の助教授で神経学のイロハから教えてもらった永松先生の言葉をよく思い出す。「毎日、自分の患者さんの所に一日一回行くのは医師の務めです。朝と夕方の二回顔を出せば、患者さんは喜んでくださるし、信頼を得ることができます」と言われたことがあった。私はこの言葉を忠実に実行しようと南九州病院在職時代には、日帰りで東京に出張の時もゴルフに行く時にも、まず病院に顔をだし、また夕方にも顔を出してから家に帰ることにしていた。もっともその頃は医療現場では今ほど忙しくなく、時間的に余裕もあったのだろうが。
先日の朝の連絡会議の時に、南風病院での初期研修医の指導体制について話し合った。
この3月に南風病院で初期研修を終えた医師のヒアリングでは、「できたら主治医(担当医)として責任をもって関わりたい」という意見が多かった。鹿島先生は主治医と言う言葉ではなく担当医と言う言葉の方がふさわしいと言われるが、要は指導医の助言を得ながら主治医としての大半の責任を果たすということになる。患者さんが主治医を教授より偉く神様みたいに思ってくれるのは、いつどんな時にでも駆けつけてくれるからである。心配事の相談にも逃げることなく、正面から向き合ってくれるからである。
ただ初期研修医に「主治医(担当医)」になってもらうことの懸念もある。
大切な患者さんを、そして南風病院を信頼して入院治療をしてくださる患者さんに、「若く経験の少ない医師」で、安心してもらえるだろうかいうことである。もう亡くなられたが、南九州病院院長の乗松先生は(当時はまだ女医さんは少ない時代だったので)「女医さんは、2倍も3倍も頑張らなければ、患者の信頼は得られないよ」と、女医さんにはっぱをかけていた。もちろん、現在は男性医師より信頼をかちえている女医さんは多いが、若い医師には人一倍頑張って初めて、患者の信頼が得られるというのは事実だと思う。
今年度から初期研修医にも「できるだけ主治医(担当医)として担当させる」方針で、指導医の先生方にお願いしようと思っている。「自ら進んでアクションしなければ、得るものも少ない」というのは真理である。やるからには責任をもって、24時間365日拘束される覚悟で初期研修に取り組んでほしい。
私は、どんなに若くても、また客観的に評価すればまだ技量は稚拙でも、入院中の患者さんからみれば「主治医は教授よりも偉いと思うものだ」と確信してきた。私自身はまだ入院生活を経験したことがないので本当のところはよくわからないが、義母が入院していたときに主治医の回診をいつも首を長くして待っていたことを思い出す。もうずいぶん昔のことになるが、私がまだ主治医として患者さんを受け持っていた頃は、それほどまでの自覚はなかった。しかし患者さんのベッドサイドに顔を出すと、顔色が瞬間的に和らぎ心から喜んでくれるのがよくわかったものである。
医者になりたての頃、当時の助教授で神経学のイロハから教えてもらった永松先生の言葉をよく思い出す。「毎日、自分の患者さんの所に一日一回行くのは医師の務めです。朝と夕方の二回顔を出せば、患者さんは喜んでくださるし、信頼を得ることができます」と言われたことがあった。私はこの言葉を忠実に実行しようと南九州病院在職時代には、日帰りで東京に出張の時もゴルフに行く時にも、まず病院に顔をだし、また夕方にも顔を出してから家に帰ることにしていた。もっともその頃は医療現場では今ほど忙しくなく、時間的に余裕もあったのだろうが。
先日の朝の連絡会議の時に、南風病院での初期研修医の指導体制について話し合った。
この3月に南風病院で初期研修を終えた医師のヒアリングでは、「できたら主治医(担当医)として責任をもって関わりたい」という意見が多かった。鹿島先生は主治医と言う言葉ではなく担当医と言う言葉の方がふさわしいと言われるが、要は指導医の助言を得ながら主治医としての大半の責任を果たすということになる。患者さんが主治医を教授より偉く神様みたいに思ってくれるのは、いつどんな時にでも駆けつけてくれるからである。心配事の相談にも逃げることなく、正面から向き合ってくれるからである。
ただ初期研修医に「主治医(担当医)」になってもらうことの懸念もある。
大切な患者さんを、そして南風病院を信頼して入院治療をしてくださる患者さんに、「若く経験の少ない医師」で、安心してもらえるだろうかいうことである。もう亡くなられたが、南九州病院院長の乗松先生は(当時はまだ女医さんは少ない時代だったので)「女医さんは、2倍も3倍も頑張らなければ、患者の信頼は得られないよ」と、女医さんにはっぱをかけていた。もちろん、現在は男性医師より信頼をかちえている女医さんは多いが、若い医師には人一倍頑張って初めて、患者の信頼が得られるというのは事実だと思う。
今年度から初期研修医にも「できるだけ主治医(担当医)として担当させる」方針で、指導医の先生方にお願いしようと思っている。「自ら進んでアクションしなければ、得るものも少ない」というのは真理である。やるからには責任をもって、24時間365日拘束される覚悟で初期研修に取り組んでほしい。
