Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

宮島の厳島神社(2015/05/14) 

宮島の厳島神社の神殿への道すがら、大型連休中とあってどこもかしこも人の波である。日本三景と彫られた台座の石を通り過ぎると、大鳥居と神殿が見えてくる。私はこの宮島まで来たのは今回が初めてで、松島や天の橋立にも行ったことはない。この年になると、行くところどこも見納めかも知れないと思ってしまう。
 連休中の4日(みどりの日)に、山口市湯田温泉に住んでいる娘夫婦と久留米市に住んでいる息子夫婦がそれぞれ孫を伴って、広島駅の新幹線フォームで待ち合わせた。孫たちは一歳5ヶ月と一歳3ヶ月になるが、日に日に成長していく。駅前から平和公園までバスを利用し、開催中の「ひろしまフラワーフェスティバル」の会場を散策した。孫たちには全く記憶には残らないだろうが、親はいろいろな場所を見せて回りたいようである。私は記憶力がよくないのか、3歳ごろまでの記憶は全く残っていない。
 お昼前に元安川に浮かぶ「かき船かなわ」を予約していたので、そこに向かった。現在、広島大学の教授をされている烏帽子田先生が、湯田温泉で日本料理店を開いている娘婿の客だということで紹介してもらったようである。私も南九州病院の副院長時代、烏帽子田先生は九州医務局の次長をされていたので、何かと親交はあった。この時期なので、「食通」で通っている烏帽子田先生の紹介がなければ予約はできなかっただろう。
 この「かなわ」は元安川の川岸に浮かんでおり、岸から小さな橋を渡って中に入ることになる。昭和38年からこの場所で営業していると書かれているので、かれこれ半世紀がたっている。川に面した個室だったので、孫たちがいても気兼ねなくゆっくりと「かき料理」を楽しむことができた。
 「かなわ」を後にして、原爆ドーム近くの元安桟橋から出航している宮島行の、この日最後の高速船に間に合い、約50分で宮島に着くことができた。
 厳島神社はさまざまな建物構造群が国宝に指定されているが、神殿そのものが海上に浮かんでいる不思議な建物である。原始宗教のなごりで島全体が神の島として崇められており、陸地では畏れ多いと海中に社が建てられのだという。
 歴史的には平清盛が久安2年(1146)安芸守に任官され、平家の守護神として尊崇し、平家一門の権力が増大するにつれてこの社を尊崇する度合いも増し、社殿を現在の姿に造営したのだという。以降、都から後白河上皇、建春門院、中宮徳子、高倉上皇、建礼門院を始めとする皇族や貴族が訪れたので、都の文化や建築が宮島に入ってきたという。
 丁度干潮の時間だったので、砂浜を大鳥居の所まで歩いて行くことができた。現在の大鳥居は平安時代から8代目にあたり、明治8年に再建されている。孫たちは素足になり、小さな手で砂をつかんだり、水遊びが楽しそうである。水遊びだけならわざわざここまで来なくてもいいかと思うが、そこをいっちゃおしまいであろう。2時間ほど遊んだ後、港に引き返して、今度はグランドプリンスホテル広島に横付けできる高速船に乗り込んだ。桟橋とホテルが繋がっており、移動には便利なホテルである。一泊して、翌日は「お好み村」の「てつ平」でお好み焼きを食べて(有名な八昌は客が並んでいて断念)、また新幹線で帰路についた。