Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

ひまわり(2015/06/22) 

私の部屋に入った左の壁には3枚の絵が掲げられている。向かって左側は山田君が還暦祝いに贈ってくれた緻密な鉛筆画の「肖像画」、右側が宮田君(2014年6月13日没)の描いた幻想的な「大浪の池と霧島山」、そして真ん中のグラフィックが日高君(2014年5月1日没)の「向日葵スペイン風」である。3人とも過ぎし日、筋ジストロフィー病棟で一緒に遊んだり、話したり、時に医師として接した仲間たちである。これらの絵を見るたびに、それぞれの顔や懐かしい思い出が蘇ってくる。
 ところで「ひまわり」には日高君自ら、次のようなコメントを残している。「以前、スペインの向日葵畑をテレビで見た時の印象が強くて、このタイトルにしました。欧州には向日葵畑が多いですね」。
 ところで「ひまわり」で思い出すのは、われわれの世代ではソフィア・ローレン主演のあの映画である。日本での公開は1970年ということだから、私にとっては大学5年の時になる。当時、鹿児島では清滝川沿いのナポリ座でこの洋画が上映されていた。川沿いの柳の木とともに思い出すのだが、現在ではナポリ座もなく清滝川はコンクリートで塞がれて川の形跡すら見当たらない。
 さて「ひまわり」は地平線まで拡がるソビエトのひまわり畑の中を、一枚の写真を手に持って、戦争で別れ離れになった夫の消息を探し回るソフィア・ロ-レンの熱演とヘンリー・マンシーニのもの悲しい哀愁の旋律に何度も涙したものである。
 6月11日、毎日新聞記者の百武信幸さんが書かれた「記憶の中の娘の笑顔…こけしに刻む」という記事が目に飛び込んできた。その一部を紹介する。
 「空の上でこんな顔をしているといいな」。東日本大震災で宮城県石巻市立大川小6年生だった次女みずほさん(当時12歳)を亡くした元美術教諭の佐藤かつらさん(49)が、娘をモチーフにしたこけしを制作した。震災後に中学校を辞め、絵筆も持てずにいたが、最近創作意欲が出てきたという。11日で震災から4年3ヶ月。「娘を形に残したい」との思いを強くする。
 「ひだまり」と名づけたこけしは柔和な表情を浮かべ、胴体に大輪のひまわりをまとう。佐藤さんは記憶の中に生きる「素直でおとなしくて、家族思い」の娘の姿をそのまま表現した。ひまわりをあしらったのは、震災の年の夏、自宅の庭の一角に突然芽を出して咲き、「天国のみずほが花になって帰ってきた」と、それ以来家族で大切に育てているためだ。「あっちで友達と一緒に笑って暮らしているはず、と思いながら作った」と語る。
 太陽に向かって咲くひまわりは人の心を明るくさせる花であるが、さまざまな思いと重ねあわせる時、時には悲しい思い出となることもある。
向日葵スペイン風