与論島での難病相談(7)(2015/06/18)
ネットで検索すると、ご夫妻には私には想像だにできない痛切な人生があったことが判った。
まず東北芸術工科大学の教え子が、2010年にWさんが山形を離れる時の模様を紹介したブログ(映像計画6期生)から、Wさんの性格や仕事ぶりの一端がうかがえる。
先生のお見送りに、集まった人たち。この日は久しぶりの雪。山形も先生に雪景色をプレゼントしてくれたのだろうか。3年生も駆けつけてくれましたよ。マジギリギリ!危なかったぞ!「何回目のさよならかな?」なんて先生はおっしゃってましたけど、僕らは名残惜しくて何回も会いに行ってしまうのです・・・。先生に今までの作品全部詰まったDVDをプレゼントしました。最後にみんなで!!先生の後ろに写っているのは幽霊ではありません!!!ううしょぼん先生、お体お大事に!OB会、同窓会、楽しみにしています!
さて、我々息子、娘達は先生に心配かけないように、社会人生活がんばりましょうね!!!!!
その次にiichikoのコマーシャルをYou tubeで聞いたが、Wさんはどのような思いでこのCMを制作したのだろうか。説明書きには次のような文言がある。
ビリー・バンバンの美しい音色。お嬢様は、奥様の祖国であるルーマニアに流れるドナウに身を投げた。クロアチアの映像はドナウ河そのもの。サンクトペテルブルクの映像では「今はこのままが流れ もう会えないけれど 忘れないわ 心 雨がつたう 思い出 いつの日も きれいすぎて」の歌詞と共に、水面に女性が手を振る影が、そして「振り向かず 水は流れる」というアナウンスが流れる。
何か謎めいた言葉の羅列であるが、次第にその意味が分かってきた。
Wさんご夫妻とその愛娘さんのことについては、「ドナウよ、静に流れよ」という大崎善生によるノンフィクションが上梓されている。当初買って読もうと思ったが、書き込みの意見から上質の作品ではなさそうなので、あえて読まないことにした。でもその作品の中に、Wさんが自ら写された娘さんの写真があるということなので、一応了解のもとで書かれた作品ということになる。
あらすじは次のようなものである。
ドナウ川で邦人男女が心中…その小さな新聞記事が頭から離れなくなった私は、二人の足跡を追ってウィーンへと向かった。もはやこの世にいない19歳の少女、日実は、異国の地でどんな恋をし、何を思い、そして何ゆえに追いつめられていったのか? 悲劇的な愛の軌跡を辿る、哀切さにみちたノンフィクション。
私がご夫妻と過ごしたのはわずか一時間ほどだったが、ご家庭には現在の静かなお二人の様子からは信じられないような愛憎のドラマがあったようである。奥様の「いろんなことがあって」に秘められた内容は、想像を絶することになる。特に自らの過去を赤裸々につづられたであろうノンフィクションの出版に許可を与えたのには驚くが、不慮の死を遂げた愛娘への「レクイエム」の気持ちが込められていたのかも知れない。
ただ時間が薬になって、十数年前の出来事も少しずつ癒されて、穏やかな現在の生活が戻ってきているようにお見受けした。年に数回受けている経頭蓋磁気刺激法に希望を託しているようで、鹿児島大学の霧島リハビリテーションセンターに行かなくとも、島で受けられるようにならないものかと何度も話されていた。
この4月に改訂版が発行された「脊髄小脳変性症患者さんの医療・福祉制度(監修:金澤一郎先生、編集:福永秀敏)」という小冊子をプレゼントして、ご自宅を後にした。
帰りは徳之島組と別れて、午後のプロペラ機で帰路に着いた。これも吃驚したことだが、我々の乗ったプロペラ機は、この日の朝大噴火を起こした口永良部島上空約3000メートルの真上を通過した。噴火したばかりの火口を上空から眺めるというまたとない体験ができたが、よくよく考えてみれば恐ろしいことである。おそらく航路の変更の指示がまだでていなかったので機長の英断だったかと思うが、もし9000メートル級の大噴火が起きたらプロペラ機などひとたまりもなかっただろう。いずれにせよ「御無事」で何よりだった。
鹿児島に帰ってから、同行した山口保健師からメールが届いた。与論島の関係者の方々からの感謝の言葉で、「よいしょ」され過ぎているが、思い出のために記しておきたい。
・先生の話は難病だけでなく、保健師が関わる全ての対象者に通じることだと思った。あたりまえのことかもしれないけど、あらためて勉強できてよかった。
・あんな先生に保健師はついて行きたいと思うよね。保健師を守ってくれる先生だと思った。
・あの後、先生のことを調べたらすごい先生だとわかって恐縮した。すごい先生だと知っていたら、懇親会では緊張して話ができなかったと思う。
まず東北芸術工科大学の教え子が、2010年にWさんが山形を離れる時の模様を紹介したブログ(映像計画6期生)から、Wさんの性格や仕事ぶりの一端がうかがえる。
先生のお見送りに、集まった人たち。この日は久しぶりの雪。山形も先生に雪景色をプレゼントしてくれたのだろうか。3年生も駆けつけてくれましたよ。マジギリギリ!危なかったぞ!「何回目のさよならかな?」なんて先生はおっしゃってましたけど、僕らは名残惜しくて何回も会いに行ってしまうのです・・・。先生に今までの作品全部詰まったDVDをプレゼントしました。最後にみんなで!!先生の後ろに写っているのは幽霊ではありません!!!ううしょぼん先生、お体お大事に!OB会、同窓会、楽しみにしています!
さて、我々息子、娘達は先生に心配かけないように、社会人生活がんばりましょうね!!!!!
その次にiichikoのコマーシャルをYou tubeで聞いたが、Wさんはどのような思いでこのCMを制作したのだろうか。説明書きには次のような文言がある。
ビリー・バンバンの美しい音色。お嬢様は、奥様の祖国であるルーマニアに流れるドナウに身を投げた。クロアチアの映像はドナウ河そのもの。サンクトペテルブルクの映像では「今はこのままが流れ もう会えないけれど 忘れないわ 心 雨がつたう 思い出 いつの日も きれいすぎて」の歌詞と共に、水面に女性が手を振る影が、そして「振り向かず 水は流れる」というアナウンスが流れる。
何か謎めいた言葉の羅列であるが、次第にその意味が分かってきた。
Wさんご夫妻とその愛娘さんのことについては、「ドナウよ、静に流れよ」という大崎善生によるノンフィクションが上梓されている。当初買って読もうと思ったが、書き込みの意見から上質の作品ではなさそうなので、あえて読まないことにした。でもその作品の中に、Wさんが自ら写された娘さんの写真があるということなので、一応了解のもとで書かれた作品ということになる。
あらすじは次のようなものである。
ドナウ川で邦人男女が心中…その小さな新聞記事が頭から離れなくなった私は、二人の足跡を追ってウィーンへと向かった。もはやこの世にいない19歳の少女、日実は、異国の地でどんな恋をし、何を思い、そして何ゆえに追いつめられていったのか? 悲劇的な愛の軌跡を辿る、哀切さにみちたノンフィクション。
私がご夫妻と過ごしたのはわずか一時間ほどだったが、ご家庭には現在の静かなお二人の様子からは信じられないような愛憎のドラマがあったようである。奥様の「いろんなことがあって」に秘められた内容は、想像を絶することになる。特に自らの過去を赤裸々につづられたであろうノンフィクションの出版に許可を与えたのには驚くが、不慮の死を遂げた愛娘への「レクイエム」の気持ちが込められていたのかも知れない。
ただ時間が薬になって、十数年前の出来事も少しずつ癒されて、穏やかな現在の生活が戻ってきているようにお見受けした。年に数回受けている経頭蓋磁気刺激法に希望を託しているようで、鹿児島大学の霧島リハビリテーションセンターに行かなくとも、島で受けられるようにならないものかと何度も話されていた。
この4月に改訂版が発行された「脊髄小脳変性症患者さんの医療・福祉制度(監修:金澤一郎先生、編集:福永秀敏)」という小冊子をプレゼントして、ご自宅を後にした。
帰りは徳之島組と別れて、午後のプロペラ機で帰路に着いた。これも吃驚したことだが、我々の乗ったプロペラ機は、この日の朝大噴火を起こした口永良部島上空約3000メートルの真上を通過した。噴火したばかりの火口を上空から眺めるというまたとない体験ができたが、よくよく考えてみれば恐ろしいことである。おそらく航路の変更の指示がまだでていなかったので機長の英断だったかと思うが、もし9000メートル級の大噴火が起きたらプロペラ機などひとたまりもなかっただろう。いずれにせよ「御無事」で何よりだった。
鹿児島に帰ってから、同行した山口保健師からメールが届いた。与論島の関係者の方々からの感謝の言葉で、「よいしょ」され過ぎているが、思い出のために記しておきたい。
・先生の話は難病だけでなく、保健師が関わる全ての対象者に通じることだと思った。あたりまえのことかもしれないけど、あらためて勉強できてよかった。
・あんな先生に保健師はついて行きたいと思うよね。保健師を守ってくれる先生だと思った。
・あの後、先生のことを調べたらすごい先生だとわかって恐縮した。すごい先生だと知っていたら、懇親会では緊張して話ができなかったと思う。
