与論島での難病相談(6)(2015/06/17)
Wさんのことが気になり鹿児島に帰ってからインターネットで検索すると、さまざまな情報がわかって驚愕した。個人情報のことを考えるとどこまで書いていいものか迷ってしまうが、ノンフィクションも刊行されており、いくらかの想像も交えながら私なりにナラティブに触れてみることを赦して頂きたい。もう十数年前の出来事であり、お二人にとっては思い起こしたくない記憶かも知れないのだが。
Wさんは35歳の時に、仕事の関係で訪れていたパリで、ルーマニアで幼少時を過ごしパリに出てきていた現在の奥様と知り合い、結婚することになる。後でわかったことだが、奥様は私と同じ1947年の生まれで、「先生の方が2ヶ月ほどお兄さんということになりますね」と笑いながら話された。この頃は壁画や油絵、作陶など芸術関係の仕事をされておられたそうで、話しぶりからも奥深い文化人であることがよくわかる。日本語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ルーマニア語ができるというからうらやましい限りである。星占いにも詳しくて、私が7月生まれだとわかると、「蟹座の人は一つのものに熱中して、真面目な人が多いのですよ。星占いではいい点と悪い点があるけど、蟹座の場合にはほとんどいいことばかりです」と気を遣ってくれる。いわゆる週刊誌レベルの星占いではなくて「占星術には、天動説と考えられていた時代の何千年もの蓄積があるのです。そのことを私はオックスフォード大学の通信教育で学びました」とさりげなく語られる。そして「日本に来てから40年近くが経つので、もう日本での生活が最も長くなるわね」と言われる。
「どうしてまた与論に?」と肝心な部分に話しを向けると、おそらく何千回も同じ質問を受けたであろうけど、「私は東京は嫌なの。日本人は南に行くほど人情も温かく、文化的にも高い人が多いと思っているの。いろんなことがあって、しばらくの間パリに戻っていたの。そのうちにまた日本に来たのだけど、どうしても東京には住みたくなかった。たまたまインターネットで家を探していたら、与論に格好の物件があり、2週間ほど生活したら、与論がすごく気に入ったの。そして結果的にはこの場所に土地を借りて、家を建ててしまったという次第。終の棲家として最期までここで暮らすつもりです」とはっきりと話される。この時、何気なく言われた「いろんなこと」の内容については、この時には知る由もなかった。
これは後で胸をなでおろしたことだったが、私は患者さんに接するときには個人の問題を詮索したり、無理に深く入いることには気を付けているつもりである。ただ難病のような慢性に経過する病気では今後の介護などを考えると、生活背景や子どもことなども知っておくことは重要である。そこで「子どもさんは現在、どこで暮らされていますか」と、よく聞いたりする。ただこの日は、私の中に胸騒ぎのようなものがあったのか、子どもさんの話題には一つも触れなかった。
Wさんは35歳の時に、仕事の関係で訪れていたパリで、ルーマニアで幼少時を過ごしパリに出てきていた現在の奥様と知り合い、結婚することになる。後でわかったことだが、奥様は私と同じ1947年の生まれで、「先生の方が2ヶ月ほどお兄さんということになりますね」と笑いながら話された。この頃は壁画や油絵、作陶など芸術関係の仕事をされておられたそうで、話しぶりからも奥深い文化人であることがよくわかる。日本語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ルーマニア語ができるというからうらやましい限りである。星占いにも詳しくて、私が7月生まれだとわかると、「蟹座の人は一つのものに熱中して、真面目な人が多いのですよ。星占いではいい点と悪い点があるけど、蟹座の場合にはほとんどいいことばかりです」と気を遣ってくれる。いわゆる週刊誌レベルの星占いではなくて「占星術には、天動説と考えられていた時代の何千年もの蓄積があるのです。そのことを私はオックスフォード大学の通信教育で学びました」とさりげなく語られる。そして「日本に来てから40年近くが経つので、もう日本での生活が最も長くなるわね」と言われる。
「どうしてまた与論に?」と肝心な部分に話しを向けると、おそらく何千回も同じ質問を受けたであろうけど、「私は東京は嫌なの。日本人は南に行くほど人情も温かく、文化的にも高い人が多いと思っているの。いろんなことがあって、しばらくの間パリに戻っていたの。そのうちにまた日本に来たのだけど、どうしても東京には住みたくなかった。たまたまインターネットで家を探していたら、与論に格好の物件があり、2週間ほど生活したら、与論がすごく気に入ったの。そして結果的にはこの場所に土地を借りて、家を建ててしまったという次第。終の棲家として最期までここで暮らすつもりです」とはっきりと話される。この時、何気なく言われた「いろんなこと」の内容については、この時には知る由もなかった。
これは後で胸をなでおろしたことだったが、私は患者さんに接するときには個人の問題を詮索したり、無理に深く入いることには気を付けているつもりである。ただ難病のような慢性に経過する病気では今後の介護などを考えると、生活背景や子どもことなども知っておくことは重要である。そこで「子どもさんは現在、どこで暮らされていますか」と、よく聞いたりする。ただこの日は、私の中に胸騒ぎのようなものがあったのか、子どもさんの話題には一つも触れなかった。
