Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

歩く歩く(2015/06/08) 

人はその時に関心を持っているものには、自然と目が向くものである。
 日経新聞の日曜日(5月24日)の文化欄で、あの林望氏が「歩く歩く」というタイトルで随筆を寄稿していた。林望氏は毎日、4キロ弱を極力速歩で歩くという日課を10年ほど続けてきたということである。「こういうことは、なにしろ継続こそ力なので、粛々と着々と続けることが肝心である」と、さすがに林望氏、人に言いふらすことなく「粛々」ということで、この点は私とちょっとした違いである。
 林望氏の場合、きっかけは日ごろ書斎に座ったままの仕事なので、腰痛や肥満、脂肪肝になりやすい。私どもの世代(林望氏は1949年生まれ)は団塊の世代で、「できるだけ病気にならずに自己管理しなければ、「健康保険などが破たんするおそれなしとしないからである」と続く。これにはお手本があり、父が老衰のために95歳で亡くなったが、「最後まで健康で元気に死んだのは、たぶん日々歩きに歩いたということが相当大きな意味を持っていたのではないかと思われる。・・・死ぬ一時間前まで健康で元気でいたのだから、まさに望ましい死に方、大往生というべきであった」。
 さて私も「歩く歩く」を実践してこの5月で一年が過ぎた。ところが小さな達成感なのか、この一年を過ぎたころから、軽い腰痛や筋肉の張りを自覚するようになり、ちょっと「やり過ぎかな」という心境にある。それまでは毎日平均して万歩計の数字は12000歩を軽く超えていたが、最近は10000歩を超すのが「しんどくなってきている」。(昨日は理髪店への往復や夜の懇親会、そして南九州病院の長い廊下を歩いたので久しぶりに17000歩を超えていた)。
 とはいうものの、最近立て続けに「歩く」ことを世間に吹聴してしまったので、簡単には止めるわけにもいかなくなっている。
 一つは「リビング鹿児島」という情報誌で、先日副編集長の上野さんという人が取材に来られたので、一時間ほど調子に乗って「軽いノリ」でしゃべってしまった。しばらくしてから校正の原稿が来たのであるが、ちょうど新潟の学会に出張中でもあったので、修正することなく「OK」を出してしまった。多くの人から「信号の前で足踏みしている老人は先生ですよね」と茶化されている。
 もう一つは、ここ数年、「爽やか倶楽部」という生活情報誌(6月15日から鹿児島銀行の窓口で取得可能だという)に健康エッセイを掲載してきたが、今年は編集者から「歩くことの効用と楽しみ、医者の実体験を公開します」というリクエストに応じて、あのパチンコのチューリップに玉が入る「キタッ」という感覚(もうずいぶん昔のパチンコ台の話だが)で、つらつらと流れるように書いてしまった。これも軽いノリで書いたので、無責任な部分も多い。
 先日、宝山ホールで鹿児島県年金協会の研修会でも「歩くことの効用」を大げさに吹聴した。ただびっくりしたのは、「現在、意識して歩いておられる方は手を挙げてください」と壇上から質問したら結構多くの方が挙手してくれた。林望さん同様、健康保険の破たんを心配されている人は多いようである。