Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

どっちが病気なのか(2015/07/14) 

本棚で探し物をしていたら、千秋君の「つばさ」(平成7年)という手作りの文集が出てきた。2000年代、当時筋ジストロフィー病棟の児童指導員だった今村葉子さんが編集してくれたものと思われる。
 千秋君は筋萎縮を伴う脊髄小脳変性症で、小脳症状のために歩行が障がいされ、言語も滑らかではなかった。亡くなってからずいぶん経つが、巨人ファンとしてかなり「いじめまくっていた一人」だった。それだけに懐かしさもひとしおである。
 さてこの文集をぱらぱらめくると、当時の筋ジス病棟の様子や千秋君の田代小学校の思い出がつづられている。
 小学校の思い出として「・・・雨風の強い日、学校からの帰り友達と一緒に帰れず、僕はバスで帰り、停留所から家までの帰り道、風で傘が飛ばされそうになるし、真っ直ぐに歩こうとするが思うように歩くことができないし、車が道路を通るたびに泥水を掛けられるし、大変な思いもしたことを覚えています。学校の方では休み時間になると手すりもなく、どこにも行くことができず、机の上で教科書を見たり、外の景色を眺めたりして時間をつぶすか、ローカのセメントの上に座って友達の遊ぶ姿を見たりして時間をつぶしました」。千秋君の小学校時代の姿が目に浮かぶ。
 また「ペナントレースに入り」というタイトルでは、「僕らの病棟には阪神ファンもいれば、ヤクルトファンだって、広島ファンだって、全球団のファンがいます。そのファンのチームが負けたらけなしあいが始まります。特に面白いのは、僕らの病棟のドクターである福永先生は、掛布、岡田、バースとホームランバッターがいて、投手もしっかりして、全盛期の時期優勝し、患者の皆さんに優勝のまんじゅうを配るほどの阪神ファンであり、巨人に勝ったあくる日には曜日にかかわらず病棟に顔を見せ、僕らを見つけ次第『あそこはこんなふうにやればよかったのに』と自慢げに言います。(筆者注:なんとこの頃は、阪神が勝った日だけ回診していました!)。それを聞いていると無性に腹が立ってきますが、言いたいやつには言わしておけ!今に見ておれ、と心の中でささやいています。でも最近の巨人はそう言われても仕方ありません・・・」。
 この時代、ヤクルトファンが和行、広島はのっきん、私が阪神、巨人は千秋、ひろし、山田、久と圧倒的だった。
 その患者さんからも「病気と疑われていた阪神ファン」だった私が、どういうわけか2010年頃から潮が引いて行くように日本のプロ野球から興味を失ってきている。潮が引く前は「いつごろからどうしてそんなにトラキチに?・・・」とよく聞かれたものだが、小学校のころから半世紀以上、あの弱い暗黒時代を含めて一度もブレたことのない自他ともに認めるトラキチだった。聞き取りにくい朝日放送や毎日放送の実況中継を聞くために何台もラジオを用意したり、インターネット中継を飽きずに見ていた。優勝した年には何十万円も奮発して小田屋に特注の紅白まんじゅうを作ってもらって、北は北海道から南は沖縄まで全国各地の友だちに郵送したものである。
 そんな私がどうして急速に関心を失って来たのか、あるいは今の状態が普通で、前の状態が病気だったのかと思い悩む今日この頃である。関心を失ってきたのは、やはり加齢に伴い、世の中の出来事全般への関心が薄れつつあることの一現象かも知れないと心配になる。トラキチとして有名なあの山藤章二も似たようなこと書いていた(孫との会話)。
 暑い。そのせいかおじいちゃんの元気がない。たまにはきげんをとろうと話題を考えた。
 「タイガース、がんばってるね」
 「まあ、な」これ以上みじかい言葉はない返事がきた。・・・
 他の理由として、阪神も金満球団になり巨人と同じく外国人やFAで他球団から高額の選手を集めたりしだしたことである。そのため、「阪神ナショナリズム」がなくなった。それ以上に気に食わなかったのが、真弓監督や和田監督の采配、金本の清原化や桧山も勝利優先というより、一つの「興行」として出場させていたのが阪神の試合をつまらなくさせていた。
 でもここは踏ん張って関心を持ち続けないと、老後の生活が思いやられる。足腰も弱くなったときの唯一の楽しみは、「プロ野球のテレビ観戦」しかないのかもしれないのだから。
紅白まんじゅう