誕生日(2015/07/10)
50歳を過ぎた頃からだろうか、多くの人が「誕生日といってもねえ・・・」と心より歓迎しない口ぶりになるのは。確かにこの年になると、誕生日も365分の一に過ぎず、祝う気持ちにも、祝ってもらう気持ちにもなれないというのが本音である。今日はその「お目出度くない」誕生日であるが、出張と重なり夜は東京のホテルで一人過ごす予定である。
実はこの部分は6年前の平成21年に南九州病院で書いた「院内ラン」の一部抜粋だが、全て現在と同じ心境である。唯一違うのは、実は今日も偶然東京出張なのだが、「一人で過ごす」部分だけのようである。
私の誕生日とは全く関係のないことであるが、先日、ご夫婦でPET健診に来られた人がいた。ご夫婦とも私と同年齢であるが、ご主人は5月5日生まれ、奥さんは3月3日生まれである。「長男が10月11日生まれで、世の中思い通りにはいかないものですね」と笑いながら説明を終えた。でもオメデタイご夫婦である。
ところで私が生まれた日(1947年7月10日)の朝日新聞の一面記事のベタ刷りを、メーカーのMRの人が持ってきてくれている。あらためて見直してみると、この70年近くの歳月で変わったことと、変わらないことがあることがよくわかる。
まず変わらない事から挙げれば、大見出しが「歳出を徹底的に削減、なお百億円の不足蔵相、赤字埋めに苦慮」という部分は、このまま平成27年度でも通用しそうである。「酒、煙草値上げか」もそのまま通用するが、「遅配(米穀)を絶無に」という部分は、さすが戦後の食糧事情の悪さを思わせるものがある。
社説も「世界経済復興の見地から」というものであるが、ここの部分も現状と同じである。ギリシャの財政破綻は日本的には他人事ではない気がする。野放図な財政支出が続くと、近未来にはわが国もその事態になりかねない。我々団塊の世代が後期高齢者になる2025年を考える時、医療面ではまず高齢者医療を本音で議論しなければならない時だと考える。残された時間は少ない。
一面の最下段は、全て出版社のPRで占められているのは現在の新聞と同じであるが、本の種類は随分と違っている。現代経済学叢書、資本論、ヘーゲル倫理学の世界など、今では一部の専門家以外では見向きもされないような書物が宣伝されている。当時は政治・思想の時代であり、多くの若者が口角泡を飛ばしながら議論したのだろう。
あと、ラジオ技術、野菜のタネ、お総菜料理集なる本の宣伝もある。ラジオがパソコンに、野菜が家庭菜園に、お総菜がダイエット食品に変わったというだけで、本質はあまり変わらないもののようである。また文藝春秋と文学界の宣伝も載っているが、これは現在でも発行されており、息の長い月刊誌であることがわかる。
中程の小さな囲みには、「疥癬と水虫にヨムコ軟膏」なるものもある。最近ではそのような軟膏の名前は、つゆ聞かない。
でもこの時代、どのような状況だったのだろうかと思いを巡らす。
終戦から2年が経ったといっても混乱の真っ直中だったわけである。この時代に、日本の歴史上、最も多くの子どもが生まれたわけで、私もその一人である。貧困を極めていたとはいえ、新たな時代へ向けて国民が一致して進もうとした時代でもあったのだろう。
この過ぎ去った「我らの時代」を振り返る時、日本は平和憲法に護られて、誰一人として戦死者を出さずにすんだ世界でも希な国だった。個人的には、貧しさも豊かさも経験できたし、健康にも恵まれ、いい時代を過ごすことが出来たと考えている。皆様に感謝あるのみである。
なお南風病院で、今日7月10日が誕生日にあたるのは、私の情報では健診部の俵積田さんとMEの翁長君である。職員数を考えると、365日の2倍が730人と言う職員数となるので、3人とは多いことになる。特に何も計画はないけど、他にいらしたらご連絡ください。
実はこの部分は6年前の平成21年に南九州病院で書いた「院内ラン」の一部抜粋だが、全て現在と同じ心境である。唯一違うのは、実は今日も偶然東京出張なのだが、「一人で過ごす」部分だけのようである。
私の誕生日とは全く関係のないことであるが、先日、ご夫婦でPET健診に来られた人がいた。ご夫婦とも私と同年齢であるが、ご主人は5月5日生まれ、奥さんは3月3日生まれである。「長男が10月11日生まれで、世の中思い通りにはいかないものですね」と笑いながら説明を終えた。でもオメデタイご夫婦である。
ところで私が生まれた日(1947年7月10日)の朝日新聞の一面記事のベタ刷りを、メーカーのMRの人が持ってきてくれている。あらためて見直してみると、この70年近くの歳月で変わったことと、変わらないことがあることがよくわかる。
まず変わらない事から挙げれば、大見出しが「歳出を徹底的に削減、なお百億円の不足蔵相、赤字埋めに苦慮」という部分は、このまま平成27年度でも通用しそうである。「酒、煙草値上げか」もそのまま通用するが、「遅配(米穀)を絶無に」という部分は、さすが戦後の食糧事情の悪さを思わせるものがある。
社説も「世界経済復興の見地から」というものであるが、ここの部分も現状と同じである。ギリシャの財政破綻は日本的には他人事ではない気がする。野放図な財政支出が続くと、近未来にはわが国もその事態になりかねない。我々団塊の世代が後期高齢者になる2025年を考える時、医療面ではまず高齢者医療を本音で議論しなければならない時だと考える。残された時間は少ない。
一面の最下段は、全て出版社のPRで占められているのは現在の新聞と同じであるが、本の種類は随分と違っている。現代経済学叢書、資本論、ヘーゲル倫理学の世界など、今では一部の専門家以外では見向きもされないような書物が宣伝されている。当時は政治・思想の時代であり、多くの若者が口角泡を飛ばしながら議論したのだろう。
あと、ラジオ技術、野菜のタネ、お総菜料理集なる本の宣伝もある。ラジオがパソコンに、野菜が家庭菜園に、お総菜がダイエット食品に変わったというだけで、本質はあまり変わらないもののようである。また文藝春秋と文学界の宣伝も載っているが、これは現在でも発行されており、息の長い月刊誌であることがわかる。
中程の小さな囲みには、「疥癬と水虫にヨムコ軟膏」なるものもある。最近ではそのような軟膏の名前は、つゆ聞かない。
でもこの時代、どのような状況だったのだろうかと思いを巡らす。
終戦から2年が経ったといっても混乱の真っ直中だったわけである。この時代に、日本の歴史上、最も多くの子どもが生まれたわけで、私もその一人である。貧困を極めていたとはいえ、新たな時代へ向けて国民が一致して進もうとした時代でもあったのだろう。
この過ぎ去った「我らの時代」を振り返る時、日本は平和憲法に護られて、誰一人として戦死者を出さずにすんだ世界でも希な国だった。個人的には、貧しさも豊かさも経験できたし、健康にも恵まれ、いい時代を過ごすことが出来たと考えている。皆様に感謝あるのみである。
なお南風病院で、今日7月10日が誕生日にあたるのは、私の情報では健診部の俵積田さんとMEの翁長君である。職員数を考えると、365日の2倍が730人と言う職員数となるので、3人とは多いことになる。特に何も計画はないけど、他にいらしたらご連絡ください。
