Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

鹿児島セイフティマネジメント研究会(前)(2015/07/06) 

6月27日(土 )、鹿児島市の自治会館で第3回鹿児島セイフティマネジメント研究会が開催された。朝早くは「晴れ男」の神通力で薄曇りだったが、6時過ぎごろから急に雨模様となり、昼前には本降りになった。さすがに今年の梅雨には勝てない。それでも真面目な看護師さんを中心に275人(うちハンズオン39人)が参集してくれた。私はこの朝、叔父が脳内出血で今給黎病院に搬送されたという報告を受けた。結果的にはその日に急逝されたが、どうしても寸出はできなかったので了解してもらった。
 まず当日の抄録集に寄せた私の「序文」に、この研究会の発足の経緯などを記してある。
 ☆ どこまでも謙虚に、 誰よりも強く想い、日々の小さな努力を積み重ねる
 2011年7月のことである。大分県難病研究会から「今後の日本の難病対策」というテーマで講演を頼まれた。よく話題になることだが鹿児島市から九州の7つの県の県庁所在地に行かなければならないとき、もっとも長い時間を要するのが大分市なのである。鹿児島市から大分市に行くには飛行機や新幹線はなく、熊本駅で乗り換えて3時間近くかかる九州横断特急を利用するしかない。この時、この長い旅路を往復ともご一緒願ったのが岡村さんである。当時岡村さんはテルモ株式会社の鹿児島支店長(現在は神戸支店長)で、私は国立病院機構南九州病院の院長をしていた。列車の中では難病の話に始まり、医療情勢、社会情勢などさまざまな話題へと発展し、この長い列車の旅が苦になることがなかった。
 その翌年だったかと思うが、岡村さんが私の部屋に立ち寄り、会社の事業とも関係があり、また社会貢献の一環として「医療安全についての研究会」設立の趣旨を示された。私も賛同し、志を共にする方々に呼びかけ設立にこぎつけたのが「鹿児島セイフティマネジメント研究会」である。翌年の2013年6月29日に第一回の学術集会を開催し、今年で第三回を迎えることになる。この間、多くの皆さんのご協力で着実に進歩してきていると思っている。
 ご存じのように、医療に係わるあらゆる職種の絶え間ない努力にもかかわらず、医療事故は後を絶たない。医療技術の進歩、それにつれて複雑化していく医療の世界、平均在院日数の短縮というかけ声に代表されるような医療現場の多忙さなどがその根底にあると思われるが、患者さんの安全・安心を考えるときいかなる弁明も許されない。
 この研究会でも安全な医療現場の構築のために、側面から少しでもサポートしたいとの思いで、さまざまな企画を行ってきた。シンポジウムや日本全国で活躍されている医療安全のスペシャリスト(今年は弁護士)を招いて、講演会などをお願いしてきた。またハンズオンセミナーとして過去2年間は「輸液・シリンジポンプの正しい使い方」を、そして今年は「抗がん剤の暴露防止機材」についてである。
 先日NHKテレビで放映された「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、私がかねて懇意にしている鎌倉投信の新井和宏さんは、最後に「本当に伝えたかったこと」を次のように要約していた。「どこまでも謙虚に、 誰よりも強く想い、日々の小さな努力を積み重ねる」というものである。
 この三つの言葉は、新井さんの血のにじむような経験に裏打ちされたものだと思われるが、医療安全の分野にもそのまま通じる言葉だと思う。私たちは「人は誰でも間違える」という言葉を肝に命じていつも謙虚な姿勢で、医療の安全を誰よりも強く思い、日々の努力を積み重ねていく以外に、「医療安全対策に魔法の杖」は存在しないことを思い出そう。