「華」短歌会100号記念文化講演会(後)(2015/08/11)
まず、次のような言葉から始まった。
「こんなに長生きするとは・・・戦争で亡くなられた友人たちに申し訳なくおもうております」「伊藤さんはプリントを用意しておりましたが、私には何もありません。今日は和歌といっていた時代の話になりますが、プリントを作らなかったのには理由があります。歌は本来耳で聴き、心に響かせ、刻んでいくのが和歌なのです。歌の「しらべ」が大切なのですが、戦後はこの「しらべ」を無視するような部分もあり、大いに反省すべきです。今も京都の冷泉家の歌会(女性が朗読する)でも、宮中の歌会始の儀式(男性の朗読)でも、歌はゆっくりと披露していくのが習わしです」と自らの経験から話し始めた。そして日本の和歌の伝統、昔の日本人は漢字から平安時代にカタカナや平仮名と言った表現法を工夫しながら編み出したこと、固有の文字は持たなかったけれど外来文字をどこの国にも負けないような複雑な工夫で素晴らしい文字文化を創造してきたことなど、先人たちの能力と努力を誇りに思っていい。
また源氏物語に関して、世界史的に見ても例を見ない傑作であること、あの時代に書かれたということだけでも日本の文化の高さを示すものであること、源氏物語を海外に翻訳しようとする時、54帖にはそれぞれ柱となる和歌が挿入されているが、これを翻訳することが非常に難しいことなども話された。
次に自らの戦争体験と結び付けながら、「吉野の桜」について語られたが、身を乗り出すほど興味深い内容だった。
20歳の時の東京空襲で、目の前で無差別に殺される阿鼻叫喚の地獄絵を見た。軍用列車で移動中、空襲に遭い、老若男女、逃げまどい焼かれていく。ちょうど桜が満開の時期で、桜が立ったまま燃え上がった。桜はある時期まで熱に我慢できるが限度を超えると爆発的に燃え上がる。そのような桜を観ていたので、私は桜を美しいとは思うまいと決心していた。
戦争から10年ほど経って、心に少し余裕が生まれたころ、評論家の山元健吉氏から突然電話がかかってきた。「今、吉野の旅館「桜花壇」にいるんだけど。あんたは桜が美しいとは思わないと言っているそうだが、今夜すぐ、桜を観に来なさい」と言われた。大御所の先生の言葉を無視するわけにもいかず、列車に飛び乗って吉野まで出かかた。吉野でも桜見物用に建てられた旅館はいくつもあるが、この桜花壇からの眺望が最高だそうである。「今夜は私がここに泊まるから、明日はあんたに譲るよ」と言われて泊まることになった。「桜花壇から眺める桜は最高なんです。花びらがハラハラと落ちて行って、渓谷を吹き上げる風でその花びらが空に舞って、再び落ちていく、たとえようのない景色です」
「日本列島を、桜前線が赤く染めて遡っていく。そんな情景を、短歌という一個の結晶体で表現してみたい。桜は日本人の魂の花です。今、私はね、桜の花が大好きなんですよ」と話された。
今日は、西行、後鳥羽院、藤原俊成などの歌について話したいと思っていたのですが、時間が無くなりました。歌は現在厳しい時代に置かれています。今後も山あり谷ありでしょうが、きっと復興すると信じています、で話を終えられた。
私は時間をオーバーする講演は嫌なのだが、岡野先生の講演はもっと聞いて見たいと思わせるような魅力的なお話だった。
「こんなに長生きするとは・・・戦争で亡くなられた友人たちに申し訳なくおもうております」「伊藤さんはプリントを用意しておりましたが、私には何もありません。今日は和歌といっていた時代の話になりますが、プリントを作らなかったのには理由があります。歌は本来耳で聴き、心に響かせ、刻んでいくのが和歌なのです。歌の「しらべ」が大切なのですが、戦後はこの「しらべ」を無視するような部分もあり、大いに反省すべきです。今も京都の冷泉家の歌会(女性が朗読する)でも、宮中の歌会始の儀式(男性の朗読)でも、歌はゆっくりと披露していくのが習わしです」と自らの経験から話し始めた。そして日本の和歌の伝統、昔の日本人は漢字から平安時代にカタカナや平仮名と言った表現法を工夫しながら編み出したこと、固有の文字は持たなかったけれど外来文字をどこの国にも負けないような複雑な工夫で素晴らしい文字文化を創造してきたことなど、先人たちの能力と努力を誇りに思っていい。
また源氏物語に関して、世界史的に見ても例を見ない傑作であること、あの時代に書かれたということだけでも日本の文化の高さを示すものであること、源氏物語を海外に翻訳しようとする時、54帖にはそれぞれ柱となる和歌が挿入されているが、これを翻訳することが非常に難しいことなども話された。
次に自らの戦争体験と結び付けながら、「吉野の桜」について語られたが、身を乗り出すほど興味深い内容だった。
20歳の時の東京空襲で、目の前で無差別に殺される阿鼻叫喚の地獄絵を見た。軍用列車で移動中、空襲に遭い、老若男女、逃げまどい焼かれていく。ちょうど桜が満開の時期で、桜が立ったまま燃え上がった。桜はある時期まで熱に我慢できるが限度を超えると爆発的に燃え上がる。そのような桜を観ていたので、私は桜を美しいとは思うまいと決心していた。
戦争から10年ほど経って、心に少し余裕が生まれたころ、評論家の山元健吉氏から突然電話がかかってきた。「今、吉野の旅館「桜花壇」にいるんだけど。あんたは桜が美しいとは思わないと言っているそうだが、今夜すぐ、桜を観に来なさい」と言われた。大御所の先生の言葉を無視するわけにもいかず、列車に飛び乗って吉野まで出かかた。吉野でも桜見物用に建てられた旅館はいくつもあるが、この桜花壇からの眺望が最高だそうである。「今夜は私がここに泊まるから、明日はあんたに譲るよ」と言われて泊まることになった。「桜花壇から眺める桜は最高なんです。花びらがハラハラと落ちて行って、渓谷を吹き上げる風でその花びらが空に舞って、再び落ちていく、たとえようのない景色です」
「日本列島を、桜前線が赤く染めて遡っていく。そんな情景を、短歌という一個の結晶体で表現してみたい。桜は日本人の魂の花です。今、私はね、桜の花が大好きなんですよ」と話された。
今日は、西行、後鳥羽院、藤原俊成などの歌について話したいと思っていたのですが、時間が無くなりました。歌は現在厳しい時代に置かれています。今後も山あり谷ありでしょうが、きっと復興すると信じています、で話を終えられた。
私は時間をオーバーする講演は嫌なのだが、岡野先生の講演はもっと聞いて見たいと思わせるような魅力的なお話だった。
