偉大な「生き残り兵」(前)(2015/08/06)
もうひと月ほど前のことになるが、私の誕生日に山田君から次のようなメールが届いていた。
本日は誕生日おめでとうございます。何十年ぶりに一緒に撮った写真です。筋ジス病棟の最後の砦です(真ん中は和行についている関係のない看護学生です)。2人足して今年で103才!長く入院しすぎで吐きそうです(笑)。(貴重な写真を添付していいものか迷ったが、やはり個人情報を考えるとやめとくか、という結論に)。
いかにも山田君らしいメールであるが、さて今日はその最後の砦の愛すべき二人について紹介したい。立派な個人情報漏えいになってしまうが、まあ大目に見ていただきたい。
先日、ある講演会の席上、私はスライドを使いながら30年ほど前の筋ジス病棟の入学式、クリスマス、綱引き、水泳などの日常生活の一コマを紹介した。
・・・世間では「筋ジス病棟というと『かわいそう』いうような暗いイメージを抱く人が多いのですが、実際には元気で明るい普通の子どもたちだったんですよ。たまたま筋肉が萎縮して動きが悪いというだけで、他のところは何も悪くないのですから。ところが当時は地域の小学校では障害を持った生徒を受け入れてくれない学校も多くて、やむなく小学校の低学年で入院せざるを得なかったわけです。病院が教育と生活の場にもなっていました。ところが現在の筋ジス病棟は療養介護病棟という名称になり、重度の患者さんだけしか入院できなくなり、呼吸管理病棟のようになってしまっています。
今思えば当時の筋ジス病棟は、この広い世界の中でも日本の、あの時代にしか成立しえなかったユートピア的な病棟だったともいえるのではないでしょうか。それでもやはり現実は厳しいものがあります。この写真に写っていた子どもたちの中で、今も生きているのは私一人しかいないのですから。・・・
それではまず、生き残り兵の一人、山田君から紹介しよう。
彼は脊髄性筋萎縮症(俗にいうところのKW)という病気で、この病気の特徴は良性で緩徐進行性であるということである。おそらく今の時代だったら入院することはなかったかと思うし(入院したくても障害の程度から入院できない)、地域の学校に通っていたら(彼の才能をもってすれば)別の生き方も充分に可能になったはずである。ただ人間、誰しも時代の制約を受けるわけで、致し方ないところである。彼にとってどちらの選択が良かったのか本当のところは分からないが、結果的には病院に長い間縛りつけてしまったことになる。
才能といえば、彼の鉛筆画は異彩を放っている。もともとこの病気の人は知的能力が高く緻密な性格の人が多い。また粘り強く細心の気配りで仕上げていく作業には向いている。彼の鉛筆画の最大傑作は、「ローマの休日」の、あのオードリー・ヘプパーンである。それ以外にも松田聖子やラモス、そして猫までと、そのレパートリーは広い。そしてなんと、私の還暦を祝って肖像画まで描いてくれた。私の写真をもとに描いたものだが、恐ろしいほど緻密に描写されている。髪の毛一本一本が微妙なタッチで描けるのも「病気のなせる技」だとも思われる。この病気では手指が微妙に震えるので、髪の毛の一本一本が何とも言い難いセンスで描けている。

本日は誕生日おめでとうございます。何十年ぶりに一緒に撮った写真です。筋ジス病棟の最後の砦です(真ん中は和行についている関係のない看護学生です)。2人足して今年で103才!長く入院しすぎで吐きそうです(笑)。(貴重な写真を添付していいものか迷ったが、やはり個人情報を考えるとやめとくか、という結論に)。
いかにも山田君らしいメールであるが、さて今日はその最後の砦の愛すべき二人について紹介したい。立派な個人情報漏えいになってしまうが、まあ大目に見ていただきたい。
先日、ある講演会の席上、私はスライドを使いながら30年ほど前の筋ジス病棟の入学式、クリスマス、綱引き、水泳などの日常生活の一コマを紹介した。
・・・世間では「筋ジス病棟というと『かわいそう』いうような暗いイメージを抱く人が多いのですが、実際には元気で明るい普通の子どもたちだったんですよ。たまたま筋肉が萎縮して動きが悪いというだけで、他のところは何も悪くないのですから。ところが当時は地域の小学校では障害を持った生徒を受け入れてくれない学校も多くて、やむなく小学校の低学年で入院せざるを得なかったわけです。病院が教育と生活の場にもなっていました。ところが現在の筋ジス病棟は療養介護病棟という名称になり、重度の患者さんだけしか入院できなくなり、呼吸管理病棟のようになってしまっています。
今思えば当時の筋ジス病棟は、この広い世界の中でも日本の、あの時代にしか成立しえなかったユートピア的な病棟だったともいえるのではないでしょうか。それでもやはり現実は厳しいものがあります。この写真に写っていた子どもたちの中で、今も生きているのは私一人しかいないのですから。・・・
それではまず、生き残り兵の一人、山田君から紹介しよう。
彼は脊髄性筋萎縮症(俗にいうところのKW)という病気で、この病気の特徴は良性で緩徐進行性であるということである。おそらく今の時代だったら入院することはなかったかと思うし(入院したくても障害の程度から入院できない)、地域の学校に通っていたら(彼の才能をもってすれば)別の生き方も充分に可能になったはずである。ただ人間、誰しも時代の制約を受けるわけで、致し方ないところである。彼にとってどちらの選択が良かったのか本当のところは分からないが、結果的には病院に長い間縛りつけてしまったことになる。
才能といえば、彼の鉛筆画は異彩を放っている。もともとこの病気の人は知的能力が高く緻密な性格の人が多い。また粘り強く細心の気配りで仕上げていく作業には向いている。彼の鉛筆画の最大傑作は、「ローマの休日」の、あのオードリー・ヘプパーンである。それ以外にも松田聖子やラモス、そして猫までと、そのレパートリーは広い。そしてなんと、私の還暦を祝って肖像画まで描いてくれた。私の写真をもとに描いたものだが、恐ろしいほど緻密に描写されている。髪の毛一本一本が微妙なタッチで描けるのも「病気のなせる技」だとも思われる。この病気では手指が微妙に震えるので、髪の毛の一本一本が何とも言い難いセンスで描けている。

