三屋清左衛門残日録(後)(2015/08/04)
前藩主の用心(藩主に近侍して所用を取り扱う)まで務めた主人公の清左衛門が隠居前には悠々自適な隠居生活を考えていたが、実際はそうではなくて寂寥とした感があるものだと描いている。そして「よろず相談所」的役割で、さまざまな難題を解決していく中で生きがいも獲得していく物語である。
清左衛門が隠居し家督を嫡子の又四郎に相続したのが52歳の時である。その後の56歳までの5年間、藤沢の生まれ故郷の鶴岡の風情を織り交ぜながら、小料理屋「涌井」で供される郷土料理も細かく描き分けている。藤沢自身の生き方や考え方が色濃く反映された物語であり、淡泊で地味でありながらも芯の通った生活がほのぼのとにじみ出てくる。
その中で特に印象に残った「夢」と「早春の光」の一部を紹介する。藤原の表現は抑制が効いていて、それでいて人間の感性にしっかりと訴えるものがある。そして素晴らしい表現力だといつも感心する。
若いころのライバル小木慶三郎を訪ねての帰り、大雪のために自宅まで辿り着けず、「涌井(おかみのみさの旬の料理は絶品。またみさは肌がきれいで目に少し険のある30前後の女性)」に泊まる(「夢」の章から)。
・・・ただ、夜中に一度清左衛門は眼がさめた。つめたい風が顔の上を吹き過ぎたと思うと、襖がしまるかすかな音がし、やがて床の中にあたたかくて重いものが入りこんで来た。あたたかくて重いものは、やわらかく清左衛門にからみつき、そのままひっそりと寄りそっている。とてもいい匂いがした。夢にちがいない、と清左衛門は思い、また眠りに落ちた。・・・
中風を患った旧友の大塚平八を見舞い、歩く練習を始めている姿を目にする(「早春の光」の章から)。
・・・そうか、平八。
いよいよ歩く修練をはじめたか、と清左衛門は思った。人間はそうあるべきなのだろう。衰えて死がおとずれる。そのときは、おのれをそれまで生かしまたすべてのものに感謝をささげて生を終わればよい。しかしいよいよ死ぬるそのときまでは、人間にあたえられた命をいとおしみ、力を尽くして生き抜かねばならぬ、そのことを平八に教えてもらったと清左衛門は思っていた。・・・
ところで現在の高齢社会の物差しから考えると清左衛門の隠居の年齢が早いように思うが、当時の武家社会では普通であり格別早いという訳ではなさそうである。
最近、「年齢7掛け説」という言葉をよく耳にする。つまり「20歳の大学生は昔の14歳だと思いましょう」ということである。その程度の精神年齢や人間としての成熟度と考えると、学生に対して適切な判断や対応ができるという。
また別の視点では、高齢でも外見的にも若く見える人が増え、80歳でも昔の人の56歳くらいにしか見えないという説である。清左衛門の場合にあてはめれば、現在の年齢では75歳ということになるので、7掛け説より8掛け説ぐらいがピッタシ来るような気がする。
清左衛門が隠居し家督を嫡子の又四郎に相続したのが52歳の時である。その後の56歳までの5年間、藤沢の生まれ故郷の鶴岡の風情を織り交ぜながら、小料理屋「涌井」で供される郷土料理も細かく描き分けている。藤沢自身の生き方や考え方が色濃く反映された物語であり、淡泊で地味でありながらも芯の通った生活がほのぼのとにじみ出てくる。
その中で特に印象に残った「夢」と「早春の光」の一部を紹介する。藤原の表現は抑制が効いていて、それでいて人間の感性にしっかりと訴えるものがある。そして素晴らしい表現力だといつも感心する。
若いころのライバル小木慶三郎を訪ねての帰り、大雪のために自宅まで辿り着けず、「涌井(おかみのみさの旬の料理は絶品。またみさは肌がきれいで目に少し険のある30前後の女性)」に泊まる(「夢」の章から)。
・・・ただ、夜中に一度清左衛門は眼がさめた。つめたい風が顔の上を吹き過ぎたと思うと、襖がしまるかすかな音がし、やがて床の中にあたたかくて重いものが入りこんで来た。あたたかくて重いものは、やわらかく清左衛門にからみつき、そのままひっそりと寄りそっている。とてもいい匂いがした。夢にちがいない、と清左衛門は思い、また眠りに落ちた。・・・
中風を患った旧友の大塚平八を見舞い、歩く練習を始めている姿を目にする(「早春の光」の章から)。
・・・そうか、平八。
いよいよ歩く修練をはじめたか、と清左衛門は思った。人間はそうあるべきなのだろう。衰えて死がおとずれる。そのときは、おのれをそれまで生かしまたすべてのものに感謝をささげて生を終わればよい。しかしいよいよ死ぬるそのときまでは、人間にあたえられた命をいとおしみ、力を尽くして生き抜かねばならぬ、そのことを平八に教えてもらったと清左衛門は思っていた。・・・
ところで現在の高齢社会の物差しから考えると清左衛門の隠居の年齢が早いように思うが、当時の武家社会では普通であり格別早いという訳ではなさそうである。
最近、「年齢7掛け説」という言葉をよく耳にする。つまり「20歳の大学生は昔の14歳だと思いましょう」ということである。その程度の精神年齢や人間としての成熟度と考えると、学生に対して適切な判断や対応ができるという。
また別の視点では、高齢でも外見的にも若く見える人が増え、80歳でも昔の人の56歳くらいにしか見えないという説である。清左衛門の場合にあてはめれば、現在の年齢では75歳ということになるので、7掛け説より8掛け説ぐらいがピッタシ来るような気がする。
