平成27年度中堅職宿泊研修(3)(2015/09/28)
昼食を挟んで、原さんから「上手な会議の進め方」の講義があり、そのあと朝の診療を終えて駆けつけてくれた副院長の川内先生の話は個性的で面白く、それでいて含蓄のある内容だったので、最期のまとめの部分だけを紹介したい。
診療に関する私のモットー
① 入室時から観察する、話を十分に聞く、
② 必ず触れる、
③ できる限りその日に答えを出す
④ わかりやすい説明を
⑤ その人にあった治療法、手術法を提示する
⑥ 必ず治るとは言わない
⑦ 逃げ道を用意してあげる
⑧ 術後のフォローを十分に
特に説明は不要かも知れないが、私の感想を。
神経内科とか整形外科のように運動機能を重視する診療科では、入室時からの観察は重要で、人によっては見ていない場所では全く違う動作をすることもある。また必ず触れるも医師としては重要なことで、よく「聴診器ひとつあててくれなかった」とか、「脈もとってくれなかった」という話を耳にする。「できる限りその日に答えを出す」も重要で、遠くからわざわざ診察に来たのに「わからない」では、満足感は少ない。わからなくても、その時点でわかったことを話すべきである。
そ してリーダーの条件とは(30年の医師人生の中で思うこと)
① 好奇心、情報収集力
② コミュニケーション、交渉力
③ 決断力、実行力、忍耐力
方向性を示すことが大切で、鑑別診断がたとえ10個頭に浮かんでも、患者さんにはその中から一つを決断して説明してあげた方が親切というものである。
14時半頃から3時間ほど、8グループに分かれて、「次世代リーダーによる次年度事業計画策定につながる提案」を、いくつかのテーマに分けて議論してもらった。ただ「南風病院の未来像」は必須とした。
私はこの時間を利用して、「万歩計の歩数」を稼ぐ意味もあって散策した。ホテルの入り口の右側には殿湯神社があり、その脇に牧水の歌を刻んだ石碑がある。
見おろせば 霧島山のやますその 野辺の廣きになびく朝雲(建立日:昭和34年9月)
ホテルから丸尾温泉に登って行くと、大学のリハビリテーションセンターが見えてくる。ここで母が、85歳の時に脳梗塞を発症し、3ヶ月ほどリハビリに励んでいたことがあった。その前を通って霧島神宮に行く道には、丸尾の滝が眺められたものだが、谷の上に大きなバイパスの橋が架けられていた。そして谷底からは湯気が絶え間なく噴出している。30分ほど歩いて、ホテルに引き返した。
18時30分から、松田先生の乾杯の音頭で懇親会、20時半過ぎからは理事長の部屋に移って、二次会となった。二次会では理事長とっておきのワインなども供されて12時近くまで続いたらしいが、私は10時過ぎにはおいとました。理事長は最後まで付き合われたようで、その体力と情熱に脱帽である。参加者の中にはこの二次会を楽しみにしている人もおられるとのことである。
懇親会での話しの中で、若い人たちが南風病院の将来に大きな期待と小さな不安を抱えていることも判った。750人の職員とその家族は「南風運命共同体」ということもできるわけで、その責任の一端を背負っていると思うと身の引き締まる思いもする。また、この9月で定年となる日高看護部長(もちろん、看護部の顧問として同様に働いてもらえる予定だが)に対する感謝の気持ちから、何人かの看護師の流された美しいきれいな涙に胸が熱くなった。
診療に関する私のモットー
① 入室時から観察する、話を十分に聞く、
② 必ず触れる、
③ できる限りその日に答えを出す
④ わかりやすい説明を
⑤ その人にあった治療法、手術法を提示する
⑥ 必ず治るとは言わない
⑦ 逃げ道を用意してあげる
⑧ 術後のフォローを十分に
特に説明は不要かも知れないが、私の感想を。
神経内科とか整形外科のように運動機能を重視する診療科では、入室時からの観察は重要で、人によっては見ていない場所では全く違う動作をすることもある。また必ず触れるも医師としては重要なことで、よく「聴診器ひとつあててくれなかった」とか、「脈もとってくれなかった」という話を耳にする。「できる限りその日に答えを出す」も重要で、遠くからわざわざ診察に来たのに「わからない」では、満足感は少ない。わからなくても、その時点でわかったことを話すべきである。
そ してリーダーの条件とは(30年の医師人生の中で思うこと)
① 好奇心、情報収集力
② コミュニケーション、交渉力
③ 決断力、実行力、忍耐力
方向性を示すことが大切で、鑑別診断がたとえ10個頭に浮かんでも、患者さんにはその中から一つを決断して説明してあげた方が親切というものである。
14時半頃から3時間ほど、8グループに分かれて、「次世代リーダーによる次年度事業計画策定につながる提案」を、いくつかのテーマに分けて議論してもらった。ただ「南風病院の未来像」は必須とした。
私はこの時間を利用して、「万歩計の歩数」を稼ぐ意味もあって散策した。ホテルの入り口の右側には殿湯神社があり、その脇に牧水の歌を刻んだ石碑がある。
見おろせば 霧島山のやますその 野辺の廣きになびく朝雲(建立日:昭和34年9月)
ホテルから丸尾温泉に登って行くと、大学のリハビリテーションセンターが見えてくる。ここで母が、85歳の時に脳梗塞を発症し、3ヶ月ほどリハビリに励んでいたことがあった。その前を通って霧島神宮に行く道には、丸尾の滝が眺められたものだが、谷の上に大きなバイパスの橋が架けられていた。そして谷底からは湯気が絶え間なく噴出している。30分ほど歩いて、ホテルに引き返した。
18時30分から、松田先生の乾杯の音頭で懇親会、20時半過ぎからは理事長の部屋に移って、二次会となった。二次会では理事長とっておきのワインなども供されて12時近くまで続いたらしいが、私は10時過ぎにはおいとました。理事長は最後まで付き合われたようで、その体力と情熱に脱帽である。参加者の中にはこの二次会を楽しみにしている人もおられるとのことである。
懇親会での話しの中で、若い人たちが南風病院の将来に大きな期待と小さな不安を抱えていることも判った。750人の職員とその家族は「南風運命共同体」ということもできるわけで、その責任の一端を背負っていると思うと身の引き締まる思いもする。また、この9月で定年となる日高看護部長(もちろん、看護部の顧問として同様に働いてもらえる予定だが)に対する感謝の気持ちから、何人かの看護師の流された美しいきれいな涙に胸が熱くなった。
