Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

井形先生を囲む会(前)(2015/09/14) 

毎年この時期に開催されてきた「井形先生を囲む会」は、今年は9月5日(土曜日)に、道後温泉大和屋本店(松山市)で開催されることとなった。鹿児島から松山市にどのようなルートでいくべきか迷ったが、結局福岡まで新幹線で、そこから飛行機で松山空港に飛ぶというルートを選択した。このような時にはヤフーの路線図が便利である(後で考えると、一日一便しかない鹿児島空港と松山空港間の小型プロペラ機を利用してもよかったかもしれない)。
 鹿児島中央駅で新幹線に乗り込むまでに、二つの小さなハプニングが起きた。
 一つは、いつものように早朝、病院での日常を済ませたのち桜島桟橋口から市電に乗ったが、しばらくしたところで今夜の会合で近況報告用に準備したUSBを忘れてきたことに気づいた。余裕をもって出発したので取りに帰る時間は十分にあったが、絶対に必要なものでもないし「まあいいや、口頭でしゃべろう」ということにした。
 もう一つは、駅の切符窓口でのやりとりである。博多に一番早く着く8時54分発「みずほ」の指定席を往復で買ってしまってから、アクティブ65という割引切符があったことを思い出した。変更を申し出ると「いいですよ」と窓口の若い女性は返事したのだが・・・。「何か年齢を証明するモノがありますか」と問われた。「見れば判るでしょう。昭和22年の生まれですから・・・」と言うのだが、「私の父も22年生まれですが、見ただけでは判りません」と素っ気ない(ちなみに、映画館では一瞥しただけでスルーしてもらっていたが)。サービスしてくれればいいようにも思えるが、彼女は規則に忠実なるゆえのことだから仕方あるまい。今後は免許証のコピーでも携帯しておかなくてはと思いながら改札をすませて待合室に行くと、福岡ご夫妻に出会って松山空港まで同行した。
 空港からはリムジンバスという手もあったが、時間もあったので乗り合いバスに乗った。道後温泉駅に到着し、うどんで簡単な昼食をとり、今夜泊まる予定の「にぎたつ会館(公立学校共済組合)」に14時過ぎに到着できた。数ヶ月前にインターネットで予約したが、会館名(にぎたつ)の由来は万葉集の歌からであるという。
 熟田津(にぎたつ)に 船乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな
 『万葉集』一巻にあるこの歌は、初期万葉の代表的詩人「額田王(ぬかたのおおきみ)」の作で、661年斉明天皇の船団が伊予の熟田津(にぎたつ)の地に停泊していたときの、船出の歌だという。この歌が詠まれたのは、白村江の戦いと呼ばれる戦いで、同盟関係にあった百済の支援のために出兵した(高校の日本史で習ったものである)。当初、どうして伊予の国からと思ったが、大和・飛鳥時代は瀬戸内海が海上交通の要所だったことに気づいた。それにしてもこの時代に、はるか朝鮮半島まで出兵したとは勇ましいのか愚かなのかよくわからない。
 この主題とは全く関係のないことだが、朝の師長との申し合わせの前の出来事。副看護部長の小玉さんから「どこに泊まったのですか」と聞かれたので、「にぎたつ会館」と言うと、すかさず「額田のおおきみですね」と仰せられる。「にぎたつとおおきみが、結びつく人は少ないのだけど、人はみかけによらないものだね。ちなみに、おおきみは大変な美人だったらしいよ」と言うと、「何を言いたいんですか。私はこれでも歴女なんですよ」と、のたまわれた。やはり、人は見かけによらないものだと思う。