伊佐市社会福祉大会(前)(2015/10/29)
10月25日、日曜日の朝10時から、第7回伊佐市社会福祉大会での講演を頼まれていた。今回の伊佐市訪問、かねて毎朝のメールなどを通して懇意にしていただいている隈元伊佐市長や下小園さんや田ノ上さんなど、旧知の患者さん方にも会えるのではないだろうかとの期待もあってワクワクしながらその日を待っていた。
会場の大口ふれあいセンターまでは約1時間半ほどかかるだろうと(ついでに9時からの開会式にも参加しようと思って)、ちょうど7時に南風病院を出発した。30年ほど通っていた国道10号線を北上し、加治木インターから高速道路に乗った。栗野インターで降りてセンターには8時15分に着いた。当初、駐車場の位置がわからずに、結果的には会場から遠いところに駐車したが(後でわかったことであるが、一番近い場所に講師用として確保してくれていた)、「歩数が稼げる」とひそかに嬉しくなる。心の持ちようで、人は変わるものである。
開会式まで万歩計の歩数稼ぎの意図もあって、センターの界隈を散歩することにした。まず、今日の講演がうまく運ぶようにと八坂神社で参拝し、近くに大きな伽藍が見えたのでその方向に歩いて行くと、大嵓寺(だいがんじ)である。参拝後、境内を歩くと、海音寺潮五郎が妻の死去に際して詠まれた惜別の歌の石碑がある。「五十余年 なれむつびしは夢のゆめ ひとつぼの灰と汝はなりにしを」。ちなみに海音寺は第三回直木賞を受賞しているが、鹿児島県出身としては以降、芥川賞、直木賞作家は出ていない。よく言われることだが、鹿児島は有名な画家は多数輩出しているのに、作家となると・・・。
そして入口の境内の壁には、「あなたと私 同じいのちを 生きている」と、今日の講演のタイトルの「いのちを考える」と偶然にも一致しており嬉しかった。
大会は午前9時に始まり、市長の挨拶や功労者の表彰、県議会議長の池畑君の祝辞、福祉作文の表彰と発表などがあり、10時から私の講演となった。会場の椅子は、ほぼ埋まっている。
最近講演しながらよく思うことだが、一番難しいのは内容が聴衆の興味や関心と一致しているかどうかということと(ストライクゾーンに球を集められるか)、そして最初の5分間の導入の部分である。出足がうまくいかないと、ずっと引きずってしまい、ぎくしゃくしてしまうことが多い。
そこで今回は、私と伊佐市との繋がり、特に関係の深かった伊佐市の患者さんと隈元市長や県議会議長の池畑君(中、高の同級生)、明光学園のMさんの話から始めた。患者さんとしては、ALSのお二人で、一人は1984年に在宅での人工呼吸器をすることになった下小園さんと、奥さんが子供二人を育てながら10年ほど在宅で療養された下田さんのこと、そして88歳で、健康長寿という言葉がもっともふさわしく思われる田ノ之上さんなどについて紹介した。
そのような方々とのお付き合いで感じられる伊佐市の印象として、芯の強い人が多いこと、粘り強い人が多いこと、自律心の高い人が多いこと、(おまけにMさんの印象から)清楚にして気品があるなどのいい印象を持っていること、さらにみなさん、自分の弱さも自覚されながら、そこから生きる靭さ(つよさ)に変える能力と努力をされてきたように思うと話した。
会場の大口ふれあいセンターまでは約1時間半ほどかかるだろうと(ついでに9時からの開会式にも参加しようと思って)、ちょうど7時に南風病院を出発した。30年ほど通っていた国道10号線を北上し、加治木インターから高速道路に乗った。栗野インターで降りてセンターには8時15分に着いた。当初、駐車場の位置がわからずに、結果的には会場から遠いところに駐車したが(後でわかったことであるが、一番近い場所に講師用として確保してくれていた)、「歩数が稼げる」とひそかに嬉しくなる。心の持ちようで、人は変わるものである。
開会式まで万歩計の歩数稼ぎの意図もあって、センターの界隈を散歩することにした。まず、今日の講演がうまく運ぶようにと八坂神社で参拝し、近くに大きな伽藍が見えたのでその方向に歩いて行くと、大嵓寺(だいがんじ)である。参拝後、境内を歩くと、海音寺潮五郎が妻の死去に際して詠まれた惜別の歌の石碑がある。「五十余年 なれむつびしは夢のゆめ ひとつぼの灰と汝はなりにしを」。ちなみに海音寺は第三回直木賞を受賞しているが、鹿児島県出身としては以降、芥川賞、直木賞作家は出ていない。よく言われることだが、鹿児島は有名な画家は多数輩出しているのに、作家となると・・・。
そして入口の境内の壁には、「あなたと私 同じいのちを 生きている」と、今日の講演のタイトルの「いのちを考える」と偶然にも一致しており嬉しかった。
大会は午前9時に始まり、市長の挨拶や功労者の表彰、県議会議長の池畑君の祝辞、福祉作文の表彰と発表などがあり、10時から私の講演となった。会場の椅子は、ほぼ埋まっている。
最近講演しながらよく思うことだが、一番難しいのは内容が聴衆の興味や関心と一致しているかどうかということと(ストライクゾーンに球を集められるか)、そして最初の5分間の導入の部分である。出足がうまくいかないと、ずっと引きずってしまい、ぎくしゃくしてしまうことが多い。
そこで今回は、私と伊佐市との繋がり、特に関係の深かった伊佐市の患者さんと隈元市長や県議会議長の池畑君(中、高の同級生)、明光学園のMさんの話から始めた。患者さんとしては、ALSのお二人で、一人は1984年に在宅での人工呼吸器をすることになった下小園さんと、奥さんが子供二人を育てながら10年ほど在宅で療養された下田さんのこと、そして88歳で、健康長寿という言葉がもっともふさわしく思われる田ノ之上さんなどについて紹介した。
そのような方々とのお付き合いで感じられる伊佐市の印象として、芯の強い人が多いこと、粘り強い人が多いこと、自律心の高い人が多いこと、(おまけにMさんの印象から)清楚にして気品があるなどのいい印象を持っていること、さらにみなさん、自分の弱さも自覚されながら、そこから生きる靭さ(つよさ)に変える能力と努力をされてきたように思うと話した。
