Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

さまざまなご縁(2015/10/26) 

貞方理事長が真新しい「句集(再生)」を届けてくださった。理事長の高校時代の同級生(鶴丸高校31ルーム)の丸山真先生が平成8年から27年までに発表された俳句を、一冊の句集にまとめられたものである。しっかりした装丁で、ゆっくり読ませてもらいたいと思っている。
 実は丸山先生とはこの春以来、交誼を頂いている。そのきっかけとなったのは、4月25日に天文館の「いちにいさん」で開催された久保先生が世話人となって開催された「加治木養護学校を懐かしむ会」である。この日、私は自著の「難病医療とのながい道」を持参したが、一冊余ったので、その一冊を「丸山先生に差し上げました」というメールを久保先生から頂いた。数日して丸山先生から丁寧なお手紙を頂いたが、久保先生は丸山先生が主宰しておられる「火の鳥俳句会」の会員だということである。また上野晶子さんのご両親とは俳句など通して親しいということで、鹿児島は「狭い」と改めて感じた次第であった。
 句集の「あとがき」に、「脇本星浪先輩に導かれて・・・」というくだりがあるが、脇本先生は「朱欒」を創刊された人で、丸山先生も1989年からその同人になられている。その「脇本」という名前に記憶があったので、グーグルで検索すると、2007年の南九州病院の雑感に辿りついた。当時のことを懐かしく思い出している。
■ 朱欒(ザボン)
 「朱欒(ザボン)」という俳句雑誌を主宰されておられる脇本星浪さんが、2007年(平成19年)5月の「今月の言葉」という巻頭に、「病む子らに天の振り子」というタイトルの微笑ましくなるような小文を寄せている。私はまだ直接お会いしたことはないが、当院の3病棟(小児の患者さんが主で、一部成人患者さんも)に入院されており、主治医である呼吸器内科の東先生からこの俳句雑誌を頂いた。
 この中で、「・・・俳句の世界では先ず一句が生まれて、その一句に注釈を加えるならいがある。・・・しかし、文章が先に生まれて、そのあとで俳句が結晶することもあるのだ」という言葉に続いて、「病ひ篤き子へたんぽぽの輸送船」「病む児寝て天の振り子の春の月」の2句を投句されている。
 そしてこの2句の生まれた背景を書かれているが、さすがに俳句の達人だけあって、子どもたちへの思いやりとともに、病室からの情景が手に取るように鮮やかに描き出されている。
 当院の3病棟と隣接する2,4病棟の間の中庭には結構広いスペースがあり、ヒノキや桜などの樹木とともに、春ともなるとたくさんの野草が競い合うように芽を出してくる。脇本さんは「タンポポのひしめく中庭は、中庭全体が巨大なタンポポ輸送船に思われるのだ。病室から外界を見つめるだけの病む子らは、中庭のタンポポ群を目にして、大きな夢をかきたててくれるはずだ。私はその光景を、病む子たちの病棟に横づけされた輸送船と見たのである。<タンポポ輸送船>というフレーズが心に浮かんだのである」。
この3病棟では周産期の脳の障害により、運動能力の極度に低下した乳幼児が母親とともに懸命に訓練に励んでいる。脇本さんは子どもたちの眼差しの向こうに、<タンポポの輸送船>が横付けして、子どもたちを病室の外の夢の世界に、そして病気を振り落としてくれるのじゃないかと期待したのだろう。俳人の目には、ともすると機械で一斉に刈り取られるタンポポの群生も、何者にも代え難い貴重な輸送船に見えたのである。
 また「夜のとばりがおりると、病棟の上には満天の星がまたたくのである。夜空のぐんと高い所から、星をつないだ鎖が垂れてきて、まん丸い春の月がゆっくりと揺れ始める感じなのだ。まさに天の振子ではないかと、病む子たちにかわって、夜の幻想を楽しむのである」。
<天の振り子>も実に的を射た面白い表現で、北斗七星などの星の鎖の先に揺れているような満月を表現したものだろう。満月の夜に星がまたたいて見えるのかなと、詮索するのは野暮というものだ。病院の消灯の時間は早いから、子どもたちは既に夢の世界である。そっとカーテンを引きながら、一人静かに窓越しの星と月の奏でる天体ショウを楽しまれたのかも知れない。脇本さんは75歳とお聞きしたが、病棟はまさに生老病死の世界でもある。
 6月上旬に、散らかった机の片隅にこの俳句雑誌を認めたので、あらためて読み返してみた。師長さんに確かめたところ、脇本さんは数日前に退院されたということだった。(しばらくして、亡くなられたということだった)。