Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

時代を共有したある女性の死(4)(2015/10/09) 

10月10日、窓の外のコスモスが満開である。頭の方はしっかりされているが、るいそうが目立ってきて見るからにきつそうである。「今月末に、Mさんがまた来ると約束して帰ったよ」と、こんな時にまで私を気遣ってくれるYさん。私は「今月末では難しいだろうな」と、心の中ではしんみりとした気持ちになる。
 10月15日、ベッドにうずくまっている。覇気がない。痛みはないけど力が入らないという。「昼ごろから少し楽になるのだけど・・・」。「また来るね」と言って部屋をあとにした。中心静脈栄養など施したら延命も可能なのだろうが、きっぱりと断っておられる。
 10月23日、久しぶりに小雨が降っている。桜島はうっすらと眺められるが、コスモスは満開を過ぎている。看護師に聞くと、つじつまの合わないことを話されたり、少しせんもう状態だという。顔を見ながら軽く手を握っているだけだが、時々握り返してくれる。あったかく柔らかい手である。ぼんやりと、Yさんの半世紀を振り返る。この時代の看護師には、家庭の事情などで自己犠牲をいとわないタイプの女性も多かったのではないだろうか。
 10月24日、部屋に行くと、妹さんがみえている。皮下に持続注射をしており、話す言葉は聞き取れない。掌に書いてもらうと、やっと「来週、Mさんがみえる」と読み取れる。「そのときまで元気でいようね」と話しかける。
 肩で大きな息をして、呼吸が10秒程止まる。脈は少し触れるだけである。週末は東京出張なのでこれが最後の別れになるだろうと思いながら、病室をあとにする。
 10月27日の朝、静かに息を引き取ったという連絡を受けた。
10月28日、院内のサイボウズに、緩和ケア棟の師長さんから以下のような書き込みがあった。読みながら、自然に涙が出てきた。
 おはようございます。Yさんが、27日の朝、1時30分に亡くなられました。
 最後は妹さん家族と親戚の方に見守られ、穏やかな表情で笑ってらっしゃるようにみえました。
 お帰りの時の大島紬のジャケットがとてもお似合いで、Yさんのお気に入りの服だったそうです。大島紬といえば、「もう何もかも準備は整っています」と言われていたYさんでしたが、1週間くらい前に突然「外出をしたい」と言われました。目的は「大島紬のネクタイを買いたい」とのことでした。結局、外出はできませんでしたが、最後のケアの時に妹さんにそのことをお尋ねしたところ、院長先生に、自分で選んだネクタイをプレゼントしたかったのだそうです。妹さんが買ってくると言われたそうですが、どうしても自分で選びたいとのことだったそうです。「思いはかなわなかったけど、そのお気持は伝えておきますね」と、Yさんに話かけながらケアをさせていただきました。
 院長先生のお人柄と人を包み込むような笑顔にYさんもどんなにか癒され、支えられたのだろうなあと思うことでした。本当にありがとうございました。
(鳥越師長の褒めすぎなお言葉、恐縮。最近会っていないけど、元気かな?)