Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

アンパンマン(前)(2015/10/01) 

1980年から2年間ほど鹿児島県の衛生部長を、その後厚生省に戻り「生物製剤課長」を務められた郡司篤晃さんが直腸がんのために9月17日に亡くなられた。運命のいたずらとでもいうべきか、たまたま生物製剤課長時代にあの「輸入非加熱血液製剤の安全性を検討するエイズ研究班」を設置した時の担当課長であった。そして研究班が「血液製剤の継続使用を認めたため対策が遅れ、血友病患者のウイルス感染が拡大した」との批判の矢面に立たされることになったのである。
 私は郡司さんとは直接の面識はない(この時期、アメリカ留学中にあたる)が、わずか2年余りの鹿児島県での衛生行政時代、その真面目で誠実な人柄が鮮烈な印象を多くの関係者に残し、今でも語り継がれることの多い部長である。  先日、鹿島先生から「安全という幻想(エイズ騒動から学ぶ)」という郡司先生が書かれた著書(初版は2015年7月7日発刊)を借りていた。構成は「エイズの侵入と初期対応」、「研究の進歩と知見の変化」、「エイズ訴訟と和解に向けての動き」、「国々の対応」、「良い社会づくりのために」、そして「思いうこと」の順になっている。エイズ問題に対して政策的な意思決定にかかわった当事者の精魂を傾けた語りであり、恐らく自らの余命を知ってから書き終えたものではなかったかと推察する。
 この本の最後は次のようなくだりになっている。
エイズ問題の本質に迫る国会での問答であるので、ちょっと長いがそのまま書き記すことにする。私も昨年、厚生労働委員会で参考人質疑なるものを経験した。ただ私の場合は難病問題に関する事柄で、8人ほどの議員からの質問を受けたがいずれもサポーティブなものだったので緊張することはなかった。郡司さんの場合はマスコミからもバッシングを受けている最中の尋問であり、相当なプレッシャーの中での質疑だったかと推察する。
国会証言 第136回国会 厚生委員会 1996年7月23日
質問者 山本孝史
 出席国務大臣 厚生大臣 管 直人君
 委員外の出席者 証人 郡司 篤晃君
最後の質問
○山本(孝)委員 最後の質問ですけれども、衆参両院の参考人質疑で、いつもこういうふうにおっしゃていました。「当時の行政の担当者として最大限の努力はしたつもりでありますが、結果的にこのように大規模な感染という事態を避けることができなかったことを心から悲しく、残念に思っております」というふうにおっしゃっていました。これは、自らの責任について全くお触れになっていない発言だというふうに思いますけれども、あなたは行政担当者として責任をお感じになっていないのか。
 あなたが言うように、これもあなたの言葉ですけれども、「血友病の患者さんでエイズに感染してしまわれた方々、またすでにお亡くなりになっておられます方々には、本当に無念で悲しく、また心から怒りを覚えていらっしゃることと思います」。
私は全くその通りだと思うのですね。患者の皆さんは一体この怒りをどこに、だれにぶつけたらいいのですか。どうぞ、あなたの今のお気持ちをおっしゃってください。
○郡司証人 一番厳しい質問だと私は理解しております。
結果責任ということであれば、私はそれに責任があると思います。しかし、結果責任というのをだれがどういう形で追及することができるのか、そういう問題ではないかなというふうに私は理解しております。神様が追及するというのであれば、私は甘んじてそれを受けますし、国民全体がそれを追究するというのであれば、また私はその責任を負いたいと思います。
○山本(孝)委員 終わります。ありがとうございました。