ストライクゾーン(2015/12/28)
国立病院に在籍していた頃は、28日は仕事納めであった(南風病院は30日まで通常診療)。また第三内科のころは、昼から休みで、忘年会に指宿や霧島に出かけて行っていたものである。そんなわけで、院外向けの「院内ラン」は今日で仕事納めとしたい。一年間、ありがとうございました。
さて日本病院会の28年度の医療安全研修プログラムを協議するための医療安全対策委員会を開催することになり、クリスマス当日の24日、朝一便で東京に出発した。千代田区3番町のプラザビルで10時30分の開始としたので、逆算すると羽田空港駅を9時半発のモノレールだと(この便は空港快速)、浜松町で山手線に乗り換え、有楽町駅で有楽町線に乗り換えると、麹町駅に10時20分には到着できる計算になる。私の健脚?!をもってすれば、10分もあればプラザビルまで楽勝と踏んだ。
ところが世の中思い通りにはいかないものである。鹿児島空港の出発が(航路上の混雑のため)20分ほど遅れて8時前になったので、到着も8分ほど遅れて9時24分に52番スポットに着いたのである。ちなみにこの季節、偏西風が強いのか、鹿児島から東京は1時間10分しかかからないのに、逆は1時間50分と40分もの違いがでる。
幸いにも1Aという最前部に座っていた(お陰で、冠雪したきれいな富士山を思う存分堪能することもできた)ので、飛行機の扉が開くやいなや脱兎の如く駈けだした。左手にパソコンの入った鞄を、右手には南海堂の「げたんは」(委員の数だけ8個用意したのでかさばるが軽い)と、とらや「サンクロウ」を持ってである(この饅頭、大変に好評で、児玉弁護士は2個も食べた!)。結構な距離があるので、それなりに息も上がったが、かねての万歩計症候群がきいて、最後は「ならし」の余裕で間に合うことができた。そして10時18分には計算通り麹町駅に着くことができた。
会議は定刻に始まり、来年度のそれぞれ3回の研修会とアドバンスコースの日程とプログラムの予定を立てることができた。今回からマニラに出張していた種田先生(私の3内科の後輩で、現在国立保健医療科学院の上席主任研究官)も委員として出席してくれた。また事務局がきちんとした資料を用意してくれていたので、会議はスムースに進んだ。
最近、この種の研修会や講演会では事後アンケートを参加者全員からとることが多い。私も自分が講演した後に事後アンケートを目にすることが多く、嫌な気もするけど参考になることも多い。ただその評価がプレゼンの内容を正しく評価しているかどうかは別問題で、出席者の年齢や職業、関心の持ちようで大きく変わってくる。正鵠を得たものもあるが、ピントはずれの評価もある。今回の委員会でも、事務局が詳細な事後アンケートを用意してくれていた。
そのような事情もあって、委員会の冒頭、私は次のような話しをした。
以前、この委員会で、鮎澤先生が「ストライクゾーン」の話をされました。なるほどと納得したので、私もいつも講演の時には参加者の立場からできるだけストライクゾーンに収まるような講演の内容を考えています。ただこの研修会や学校の授業では、ストライクゾーンをはずれた内容でも、必要なことは話してもらわなければならないわけです。そこが講演と違って難しい部分ではないでしょうか。
会議は12時には終わったので、長尾先生と嶋森先生と私の3人で、半蔵門駅の近くのイタリアレストランで昼食をとりながらいつものように楽しい会話となった。
さて日本病院会の28年度の医療安全研修プログラムを協議するための医療安全対策委員会を開催することになり、クリスマス当日の24日、朝一便で東京に出発した。千代田区3番町のプラザビルで10時30分の開始としたので、逆算すると羽田空港駅を9時半発のモノレールだと(この便は空港快速)、浜松町で山手線に乗り換え、有楽町駅で有楽町線に乗り換えると、麹町駅に10時20分には到着できる計算になる。私の健脚?!をもってすれば、10分もあればプラザビルまで楽勝と踏んだ。
ところが世の中思い通りにはいかないものである。鹿児島空港の出発が(航路上の混雑のため)20分ほど遅れて8時前になったので、到着も8分ほど遅れて9時24分に52番スポットに着いたのである。ちなみにこの季節、偏西風が強いのか、鹿児島から東京は1時間10分しかかからないのに、逆は1時間50分と40分もの違いがでる。
幸いにも1Aという最前部に座っていた(お陰で、冠雪したきれいな富士山を思う存分堪能することもできた)ので、飛行機の扉が開くやいなや脱兎の如く駈けだした。左手にパソコンの入った鞄を、右手には南海堂の「げたんは」(委員の数だけ8個用意したのでかさばるが軽い)と、とらや「サンクロウ」を持ってである(この饅頭、大変に好評で、児玉弁護士は2個も食べた!)。結構な距離があるので、それなりに息も上がったが、かねての万歩計症候群がきいて、最後は「ならし」の余裕で間に合うことができた。そして10時18分には計算通り麹町駅に着くことができた。
会議は定刻に始まり、来年度のそれぞれ3回の研修会とアドバンスコースの日程とプログラムの予定を立てることができた。今回からマニラに出張していた種田先生(私の3内科の後輩で、現在国立保健医療科学院の上席主任研究官)も委員として出席してくれた。また事務局がきちんとした資料を用意してくれていたので、会議はスムースに進んだ。
最近、この種の研修会や講演会では事後アンケートを参加者全員からとることが多い。私も自分が講演した後に事後アンケートを目にすることが多く、嫌な気もするけど参考になることも多い。ただその評価がプレゼンの内容を正しく評価しているかどうかは別問題で、出席者の年齢や職業、関心の持ちようで大きく変わってくる。正鵠を得たものもあるが、ピントはずれの評価もある。今回の委員会でも、事務局が詳細な事後アンケートを用意してくれていた。
そのような事情もあって、委員会の冒頭、私は次のような話しをした。
以前、この委員会で、鮎澤先生が「ストライクゾーン」の話をされました。なるほどと納得したので、私もいつも講演の時には参加者の立場からできるだけストライクゾーンに収まるような講演の内容を考えています。ただこの研修会や学校の授業では、ストライクゾーンをはずれた内容でも、必要なことは話してもらわなければならないわけです。そこが講演と違って難しい部分ではないでしょうか。
会議は12時には終わったので、長尾先生と嶋森先生と私の3人で、半蔵門駅の近くのイタリアレストランで昼食をとりながらいつものように楽しい会話となった。
