日本神経学会理事選挙実施にあたって(2015/12/08)
医学の領域では数多くの学会があるが、神経学会に限らず多くの学会では、理事会のもとに評議員会(現在の名称は代議員会)があり、そして会員というピラミッド構造になっている。私は留学後に南九州病院に医長として赴任してしばらく経った頃に、評議員に選出された。もともと大学のような上下関係の強い組織は苦手で、結果的には43年間の医師生活のなかで大学に居た期間はわずか数年ということになった。意図したわけではなかったが、それはそれでよかったと思っている。
さて神経学会は理事の数は20人とされていたが、発足以来ほぼ全員が大学教授で占められており、教授以外では西谷先生や渋谷先生など数えるほどだった。葛原先生が学会の理事長の時代に、神経内科の患者を実際に診ているのは大学以外の病院が多いわけだから、少なくとも二人は大学の教授以外から選考した方がいいのではないかと提案された。
当時私は国立病院機構の神経内科医で組織されている神経内科協議会の会長をしており、会員の中の先生方から理事選挙への立候補を強く勧められた。もともと人前に出ることが苦手で、学会活動をすることなど全く考えていなかったので辞退したが、国立病院機構からも是非とも一人は理事になってほしいと、川井先生や溝口先生、松尾先生などに強く促されて引き受けることになった。選挙ではもちろん自分では運動などしなかったが、前述の3人の先生方や機構病院の先生方の応援もあり、大学教授以外では山本先生(当時香川県立中央病院部長)と二人が当選した。そして一期(2年)プラス1年の都合3年間、理事をしたが、今から考えればかねて経験できないことを経験できたことになり、応援していただいた先生方には感謝している。
さて時の流れと共に神経学会も有限責任中間法人から一般社団法人となり、定款も規約も大幅に変わった。現在、理事は約550人の代議員(支部選挙区会員による選挙によって選出される)の選挙により、上位20人が選出される仕組みになっている。全国に神経内科を持つ大学は80くらいあると思われるが、理事になろうとすれば大学教授でも結構な競争率である。理事になっても雑務だけが増えるだけだとも思うが、大学教授にとっては必要なステータスの一つなのだろう。神経学会に限らず多くの学会で、選挙のたびに熾烈な選挙運動が行われることはよく耳にすることである。
さて神経学会は理事の数は20人とされていたが、発足以来ほぼ全員が大学教授で占められており、教授以外では西谷先生や渋谷先生など数えるほどだった。葛原先生が学会の理事長の時代に、神経内科の患者を実際に診ているのは大学以外の病院が多いわけだから、少なくとも二人は大学の教授以外から選考した方がいいのではないかと提案された。
当時私は国立病院機構の神経内科医で組織されている神経内科協議会の会長をしており、会員の中の先生方から理事選挙への立候補を強く勧められた。もともと人前に出ることが苦手で、学会活動をすることなど全く考えていなかったので辞退したが、国立病院機構からも是非とも一人は理事になってほしいと、川井先生や溝口先生、松尾先生などに強く促されて引き受けることになった。選挙ではもちろん自分では運動などしなかったが、前述の3人の先生方や機構病院の先生方の応援もあり、大学教授以外では山本先生(当時香川県立中央病院部長)と二人が当選した。そして一期(2年)プラス1年の都合3年間、理事をしたが、今から考えればかねて経験できないことを経験できたことになり、応援していただいた先生方には感謝している。
さて時の流れと共に神経学会も有限責任中間法人から一般社団法人となり、定款も規約も大幅に変わった。現在、理事は約550人の代議員(支部選挙区会員による選挙によって選出される)の選挙により、上位20人が選出される仕組みになっている。全国に神経内科を持つ大学は80くらいあると思われるが、理事になろうとすれば大学教授でも結構な競争率である。理事になっても雑務だけが増えるだけだとも思うが、大学教授にとっては必要なステータスの一つなのだろう。神経学会に限らず多くの学会で、選挙のたびに熾烈な選挙運動が行われることはよく耳にすることである。
