Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

難病の災害医療(前)(2016/02/29) 

現在NHO静岡富士病院の院長をされている溝口功一先生が、難病相談・支援センター主催による「難病講演会」の講師として来てくれることになった。溝口先生は将来予測される東海地震への備えということもあって、静岡県での災害対策や難病の研究班でも長年、災害医療と取り組んでこられた経験をもっており、この分野のリーダーの一人である。そんなわけで、センターの担当者(山下さん)から、「どなたか、おられませんか」と聞かれた時に、即座に「溝口先生」と答えてしまった。
 溝口先生は磐田市の出身(ジュビロ磐田の熱烈なファンらしい)で、浜松医科大学の一期生で、私より8歳若い。これは偶然であるが、私が府中病院時代にお世話になった宇尾野先生が国立静岡病院の院長として赴任された時の神経内科のスタッフということで、同じ師のもとで働いたという縁もある。私が国立病院機構で神経内科協議会の会長として神経学会理事選挙に推されたときには、川井先生や松尾先生などと共に御輿を担いでくれた先生の一人である。また一昨年、静岡の難病センター主催の講演会の時には病院の案内などもしていただき、いろいろとお世話になった。
 講演会当日、朝方南風病院に来られたので病院を案内した後、南洲神社にお連れした。ここには西郷隆盛をはじめ西南戦争の2000人強の戦死者の墓が並んでいる。わずか130年前の出来事である。
その後、昼食もかねて、磯街道の両棒店(平田屋)に案内した。壁には有名人の色紙が所狭しと飾られているが、昭和38年に磯庭園を皇太子と美智子妃殿下(現在の天皇と皇后)が訪問された際に美智子妃が両棒をお変わりしたという記事の新聞も貼られている。奄美大島の笠利では、昭和天皇が鶏飯をお代わりされたと地元の人から聞いたことがあったが、我々が何杯お代わりしても記事にはならないが、皇室の方々は大変である。