Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

グレーゾーンを生きていく(2016/02/26) 

PHP2016年の一月号の特集は「人生、上を向いて歩こう、必ず道はひらける!」である。そしてインタビューはテレビでもお馴染みの斉藤孝先生であるが、なるほどと納得できる内容である。
 先生は今や売れっ子の教育学者、ベストセラー作家(「声に出して読みたい日本語」など)でもあるが、若いころには結構苦労が多かったらしい。「日本の教育をよくしたい」、また裁判官にもなりたくて東大の法学部に進学したが、気質的に向かないと思って教育学研究科の大学院に進んだ。大学院には8年在職したが、大学の教員の定職を探したがみつからず、非常勤の職しかなくて塾などで食いつないだ。「志があって、頑張っているものの、形にならず、鬱々と過ごす日々」が続いたという。
その理由を今思えば、大学などでの人間関係がうまくいかなかったこと、他の人たちや物事に気配りが足りなかったこと、そして世の中のルールに無頓着であったことなどが挙げられるという。「結局、周りを見ないで自己中心的な考え方だったと思える」と。
 30歳前半で、明治大学の専任講師の職を得てから人生がトントン拍子に展開していく。
「振り返ってみると、私の人生が軌道に乗ったのは、人との縁によるところが大きいですね。がんばれば、自分一人でやれると思っていたころは運に恵まれず、人間関係を大切にして、世の中のルールも尊重するようになったころから、運が巡ってきたように感じます」。
「つまり、その時に求められていることを優先して行うことが大事なんだと気づきました。『自己実現』より「他者実現」を優先すると世界がひろがり、自分が思ってもいなかった次の新しい仕事につながっていきました」。
「(駅員さんの仕事を紹介して)こうした人のおかげで社会は回り、税金が納められ、世の中は成り立っている。きちんと働くことは十分、社会貢献になるんですよね。もっと胸を張っていいと思うんです。よくないのは。相手にすっかり身を預けること。友人や知人に依存しすぎると、期待したことと少しでもずれた場合、裏切られたとか、許せないなどといった感情を抱きがちです。それでは運も逃げるし、ひらける道も開けなくなってしまう」。
「『オール・オア・ナッシング』の考え方も危険です。ちょっと意に沿わないことがあっただけで、『この人は信用できない』とか『あの会社は最悪だ』などと決めつけては生きにくくなるし、心が折れやすくなる。実際、世の中には完全な白も黒もないのだから『グレーゾーンを生きていく』と考えた方が生きやすいのではないでしょうか。」
 斉藤先生の振り返りは合点がいくものばかりで、私の人生の「出来事」とも合致する。
「人との縁」は極めて大切なことだと思う。私はもともと非社交的で劣等感が強く、自分の殻に閉じこもる性格だった。大学を卒業して入局した三内科の井形先生、東京の都立府中病院の宇尾野先生、アメリカのメーヨークリニックのエンゲル先生、南九州病院の乗松、川嶋の両先生、そして南風病院の西俣先生と、その時々の上司のご縁のお蔭で、今の自分があると思っている。また直接の指導を受けたわけではないが、金澤先生(東大名誉教授)には難病対策委員会などで大変お世話になった。
 また「グレーゾーンを生きていく」という考え方も賛同できる。その時々で何が正しいのか決めかねることは多い。結局、時代が評価してくれるのである。自分のやっていることが正しいと信じすぎると自信過剰になり、周りに迷惑をかけることが多いものである。格好はよくないかもしれないが、白黒をはっきりさせることなく、ほどほどで事を収めるのも人間の智慧ではないだろうか。