Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

湖畔(2016/02/22) 

この「湖畔」と名付けられた日高君のグラフィックが、いつごろ描かれたのか私はよく知らない。一軒一軒の家の屋根や窓があでやかに丁寧に描かれているが、それでいてよくまとまった構図になっている。彼は車椅子に座れた頃は水彩画をよく描いていたので、このグラフィックはベッド上で呼吸器をつけてからということは間違いない。
花を描くときには、看護師さんなどが野辺から手折ってきたものを見ながら描くこともあったが、多くのグラフィックは写真や絵ハガキを材料にしていた。この「湖畔」も冠雪した山並みや湖に浮かんだような城、教会、建物の形から類推すると、スイス、レマン湖の東端に位置するシヨン城ではないだろうか(もちろん、私も訪れたことはない)。
私と日高君とは「随筆かごしま」に、彼のグラフィックに私が小文を付け8回連載した。秋景色(182号)、ポインセチア(183号)、藪椿(184号)、春色の午後(185号)、佐多岬(186号)、向日葵スペイン風(187号)、卯の花(188号)、たそがれ(桜島)(189号)等である。
「随筆かごしま」も2011年12月25日、No190号でその34年間の歴史に幕を閉じた。考えてみれば最終号の前の8回に連載していたわけで、幕を閉じることがなければ、もう少し続いていたのかも知れない。「ガハハおばさんの花も嵐も」の代表、上薗登志子さん、今頃どうしておられるだろうか。
日高君の終焉(しゅうえん)のきざし(2014.3.14に山田君が預かった日高君の遺作の短歌から)。(春を待つ歌が多く、ちょうど今頃の季節に詠んだ歌だろう。迫りくる死と静かに対峙しながら、どのような心持ちで過ごされていたのだろうか)
このいのち 終焉まじかなきざしあり 桜前線まだ遠き日に
友宛に送るメールに書きしるす 旅立ちの日が迫り来ること
桜木の梢を花が埋めるまで 命あればと天(そら)へ祈れり
この年のさくらの花を見ぬうちに 命絶てはあわれと思ふ
残された日々はどれほどあるものか 胸の圧迫また強くなる
迎えたる終焉の日はいつならむ 青空の中昇り行きたし
歌詠ふもののさだめと思いたる つくりはじめる終焉の歌
人生の終わりをむかへるその瞬間(とき)は 笑顔でいよう意識絶えても
その人とおののすがたを重ねゐる テレビドラマの終焉見つつ
地球に生まれ地球の上に死んで行く これも奇跡のひとつとおもふ
残したる悔いよりはるかに重きもの 地球に生まれ死に行く真実