Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

鹿児島難病支援ネットワーク5周年記念(後)(2016/02/18) 

次に第二部として、「活動報告と課題」題して、副会長の中間さん(小児慢性特定疾患を支援する会会長)が報告した。ピア相談員育成講座、カリキュラムの内容、相談件数、公開シンポジウム、啓発普及事業などについて報告された。今後の課題として、人員確保(運営スタッフ)、社会的認知度の向上(広報)、難病への理解を挙げられた。
第三部は「副腎白質ジストロフィー~大地と歩んで~」と、大地君の母親である松岡千夏さん(ALDの未来を考える会)が、自らの体験に基づかれた感動的なお話をスライドを使いながら淡々とされた。
なおALDという病気は中枢神経系(脳・脊髄)における脱髄と副腎不全を特徴とする遺伝病(伴性劣性遺伝)の病気である。副腎は両側の腎臓の上にあり副腎皮質ホルモンを産生しているが、その働きが低下する。患者さんはほとんど男性で、全身の組織・血液において極長鎖脂肪酸と呼ばれる脂肪酸の増加を認める。数万人に1人の割合で発病し、国内全体で約200名の患者さんがいると推定されている。
大地君は松岡家の長男(2番目)として生まれ、赤ちゃんの頃はすこぶる元気で、ALDという病気については知る由もなかった。小学校入学の頃はソフトボールに興じていたが10歳ごろには「大地が歩けるうちに」と家族旅行に出かけた。中学の運動会、高校の修学旅行も車椅子で出かけた。成人式、家族そろっての記念撮影などいつも大地君が真ん中に写っていて(大地君も笑顔で)、家族全員で慈しんでおられることがよくわかる。
大会終了後の控室でも少し話題になったが、松岡さんに限らず母親の子どもへの愛情は尽きるところがない、そして普通のお母さんがいろいろな困難を乗り越えながらたくましく成長されていく姿をみるとき、心から頭が下がる思いになる。また拉致被害者の家族の方々がカメラの前で堂々とお話しをされる姿を見る時、どうしてこんなにうまく話されるのかと不思議に思う。里中さんは「私も父がALSにならなければ、県の課長さんに要望を強く迫れるような性格ではなかったのですが・・・」と話されていた。
松岡さんは我が子との闘いから、次に生まれてくるALDの患者さんの手助けにもなりたいと語られていた。
記念講演は「難病患者さんに私どもが出来ること」と題して糸山泰人先生(国際医療福祉大学副学長)が話された。糸山先生は東北大学神経内科の教授の後、精神・神経センターの病院長を歴任されて現職にある。私は同じ昭和22年生まれで、卒業年次も一緒で、神経学会の理事でも一緒の時期に活動していたので懇意にしてもらっており、この朝は永島美術館を見学した後、ドルフィンポートで昼食を共にした。
先生のお話は、スモン対策として難病対策要綱が先生が医学部を卒業されて昭和47年に制定されたことに始まって、今度の難病法までの過程を概括された。その後、もっとも過酷な難病と言われるALSの病態と治療に言及されたのち、ALSと共に生きた松本茂さんや渡辺先生(眼科医)のことなどにも触れられた。
その後、休憩をはさんで「南九州ローブラスアンサンブル」の記念コンサート(チューバなどの大型の低音金管楽による4人の演奏)、モゼースの合唱(ゴスペル4人の女性と二人の男性の伴奏)などがあり、16時過ぎに記念大会は終わった。