SEIQoL(前)(2016/02/15)
2月6日に鹿児島市小野町にあるハートピアの多目的ホールで、「患者主体のQOL評価法『SEIQoL(シーコールと発音する)-
DW』を学び、活かす実習セミナー」が、「難治性疾患実用化研究事業、希少難治性脳・脊髄疾患の歩行障害に対する生体電位駆動型下肢装着型補助ロボット(HAL-HN01)を用いた新たな治療実用化のための多施設共同医師主導治験の実施研究班」の主催で開催された。この長ったらしい意味の良くわからない研究班班長の中島孝先生(NHO新潟病院副院長)とは長年懇意にしてきた友人であり、また日本ALS協会鹿児島県支部(いつものように里中さんが奔走)が後援することになったので、挨拶とその夜の懇親会への出席を頼まれた。
セミナーは12時半に始まり、医師15人ほどを含む45人の受講生が参加した。よくこのような地味な講習会に、鹿児島の地で多くの参加者を集めたのは、時代の変化でもあり、また里中さんの熱意のなせる技だろうか。
私と神経内科の髙嶋教授が挨拶したが、私は数日前にALS患者の北吉さんの奥さんから送られてきた2016年度カレンダー(2008年から毎年作っており、今年は年末にこのハートピアで写真を撮った:添付)を掲げながら挨拶した。SEIQoL-DWの大まかな意味を出席者に理解してもらうには格好の話題だと思ったからである。
北吉さんはALSで人工呼吸器を付けながら10年余り横川町で、奥さんや公的なサービスを受けながら生活している。大のトラキチで、毎年のことであるがこのカレンダーではトラのグッヅを身にまとって、リクライニング付の車椅子の北吉さんを真ん中に、奥さん、ヘルパー、そして私の5人が写真におかしないでたちで納まっている。
・・・もともとは淺沼組の現場監督で活発に働いておられたのですが。病気が進行して、しゃべることもメールを打つこともできなくなり、意思疎通も難しくなっております。傍目には気の毒に思えますが、本人は案外今の生活を楽しんでいるのかもしれません。というのも北吉さんの頭の中の半分はターガースのことで占められており、3月の開幕をウキウキしながら待ち望んでいるからです。そして同封されていた4人のお孫さん(3人のお子さんの)が見舞いに来てくれることが何よりの喜びであり、この二つさえあれば本人の満足感は満たされており、QOLも高いと評価できるからです。
このようにその人のQOLが高いか低いかは評価法により変わってくるもので、その人が関心の高いものの評価が高ければ周りの人がどのように考えようが関係ないことなのです。あくまで個人の価値観に帰することのように思われます。・・・
ところでQOL の概念には「生活の質」と「生命の質」の二通りがあり,前者は「日常生活での機能状態とその満足度」を,後者は「自分の生きる意味,幸福感」を意味するものとされている。挨拶でも述べたように人間のQOLは多分に主観的な要素が強く、難病やがんの末期状態などでは、いわゆる一般的な健康関連QOL(移動の程度、身の回りの管理、ふだんの活動、痛みや不快感、不安やふさぎこみの5項目を3段階で評価して算出する。難病やがんの末期では、非常に低い評価値が出る)では評価しにくいところがある。そこでそのような状態でも測定可能なQOL評価法が開発されてきたのである。
DW』を学び、活かす実習セミナー」が、「難治性疾患実用化研究事業、希少難治性脳・脊髄疾患の歩行障害に対する生体電位駆動型下肢装着型補助ロボット(HAL-HN01)を用いた新たな治療実用化のための多施設共同医師主導治験の実施研究班」の主催で開催された。この長ったらしい意味の良くわからない研究班班長の中島孝先生(NHO新潟病院副院長)とは長年懇意にしてきた友人であり、また日本ALS協会鹿児島県支部(いつものように里中さんが奔走)が後援することになったので、挨拶とその夜の懇親会への出席を頼まれた。
セミナーは12時半に始まり、医師15人ほどを含む45人の受講生が参加した。よくこのような地味な講習会に、鹿児島の地で多くの参加者を集めたのは、時代の変化でもあり、また里中さんの熱意のなせる技だろうか。
私と神経内科の髙嶋教授が挨拶したが、私は数日前にALS患者の北吉さんの奥さんから送られてきた2016年度カレンダー(2008年から毎年作っており、今年は年末にこのハートピアで写真を撮った:添付)を掲げながら挨拶した。SEIQoL-DWの大まかな意味を出席者に理解してもらうには格好の話題だと思ったからである。
北吉さんはALSで人工呼吸器を付けながら10年余り横川町で、奥さんや公的なサービスを受けながら生活している。大のトラキチで、毎年のことであるがこのカレンダーではトラのグッヅを身にまとって、リクライニング付の車椅子の北吉さんを真ん中に、奥さん、ヘルパー、そして私の5人が写真におかしないでたちで納まっている。
・・・もともとは淺沼組の現場監督で活発に働いておられたのですが。病気が進行して、しゃべることもメールを打つこともできなくなり、意思疎通も難しくなっております。傍目には気の毒に思えますが、本人は案外今の生活を楽しんでいるのかもしれません。というのも北吉さんの頭の中の半分はターガースのことで占められており、3月の開幕をウキウキしながら待ち望んでいるからです。そして同封されていた4人のお孫さん(3人のお子さんの)が見舞いに来てくれることが何よりの喜びであり、この二つさえあれば本人の満足感は満たされており、QOLも高いと評価できるからです。
このようにその人のQOLが高いか低いかは評価法により変わってくるもので、その人が関心の高いものの評価が高ければ周りの人がどのように考えようが関係ないことなのです。あくまで個人の価値観に帰することのように思われます。・・・
ところでQOL の概念には「生活の質」と「生命の質」の二通りがあり,前者は「日常生活での機能状態とその満足度」を,後者は「自分の生きる意味,幸福感」を意味するものとされている。挨拶でも述べたように人間のQOLは多分に主観的な要素が強く、難病やがんの末期状態などでは、いわゆる一般的な健康関連QOL(移動の程度、身の回りの管理、ふだんの活動、痛みや不快感、不安やふさぎこみの5項目を3段階で評価して算出する。難病やがんの末期では、非常に低い評価値が出る)では評価しにくいところがある。そこでそのような状態でも測定可能なQOL評価法が開発されてきたのである。
