いのちと向き合う(前)(2016/02/03)
私がこの西本願寺鹿児島別院で、ハートフル大学(仏教と文化を通して、私の人生、私の住む鹿児島を考える)の講師として、「いのちと向き合う」というタイトルで講演したのは平成21年8月1日だった。7年も前のことになる。以降、西本願寺の事務局から、毎回ハートフル大学の案内をもらっている。今回、田畑正久先生の講演が昨年末、12月5日にあるということで、長倉先生に特別に聴講できる手はずをお願いした。
こちらももうずいぶん前(平成18年9月)のことになるが、国立病院機構院長協議会九州支部総会を門司港ホテルで開催したことがある。当時私は支部長をしており、副支部長だった岡島先生(小倉医療センター院長)の紹介で、九州大学時代に同級生だったという田畑先生に講演をお願いすることができた。田畑先生は20歳の時に仏教青年会で仏教との縁ができて、その道でずっと活動されながら現在は大分県宇佐市にある佐藤第二病院院長(もともとは消化器外科医)をされている。また数年前からは龍谷大学の教授として実践真宗学を教えておられるという。
九州支部総会後に書いた「前院長雑感」で、当時私は次のように書かれていた(一部)。
田畑先生は講演の中で、「昨日の夜、昨日の私は死んでいるのです。今日という初体験の一日が、今日の朝始まったのです。そして今日の夜、今日の私は死んで行くのです。私たちは人生の長さだけ、毎日死ぬ練習をしてきたのですよ」。そして「今生きている、生かされていることを精一杯生ききっていけばよいのだという世界に導かれることだ」と言っておられる。
この世界こそが仏教でいうところの悟りの境地だろうが、イマイチよく理解できない部分である。ただ、多くの死の不安を克服してきた先人をみる時、一所懸命にその日その日を生きることが、死の不安から免れる近道のように私には思えてくる。・・・
今回の講演は土曜日午後の1時15分の開始となっていたが、私は先生にお会いしたいと思って、30分ほど前に西本願寺に着いた。長倉先生が連絡してくれていたお蔭で、若い坊さんが田畑先生のおられる控室に連れて行ってくれた。先生は長倉先生とも龍谷大学で懇意にされておられるということもあり、すぐに打ち解けた話となった。9年前の講演のこともよく覚えてくれていた。部屋を出る時には署名入りで、「医療文化と仏教文化」という小冊子を頂いた。
田畑先生の講演は定刻に始まり、黒板を時々利用しながら約一時間半続いた。会場にはハートフル大学の受講生が大勢来られていたが、やはり大半は高齢者である。まず講演を始まる前に、先生は本堂のお釈迦様と親鸞聖人に「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えた。その後、自らの医師としての臨床経験も交えながら、「仏教」について解き明かされていかれた。
印象に残った部分は「医療は不老不死が究極の目標であるが、これには限界がある」「人は幸福を目指して、マイナスの条件をできるだけ低くして行こうとするが、それでは不幸の完成になる」「念仏の生活は今日を精一杯生きることである」「南無阿弥陀仏という念仏は浄土に逝かれた故人の思いを、自分の言葉で唱えることである」「世間の知恵は物の表面的価値を計算しようとする見方であるが、仏の智慧は物の背後に宿されている意味を感得する見方である」というようなものだった。
こちらももうずいぶん前(平成18年9月)のことになるが、国立病院機構院長協議会九州支部総会を門司港ホテルで開催したことがある。当時私は支部長をしており、副支部長だった岡島先生(小倉医療センター院長)の紹介で、九州大学時代に同級生だったという田畑先生に講演をお願いすることができた。田畑先生は20歳の時に仏教青年会で仏教との縁ができて、その道でずっと活動されながら現在は大分県宇佐市にある佐藤第二病院院長(もともとは消化器外科医)をされている。また数年前からは龍谷大学の教授として実践真宗学を教えておられるという。
九州支部総会後に書いた「前院長雑感」で、当時私は次のように書かれていた(一部)。
田畑先生は講演の中で、「昨日の夜、昨日の私は死んでいるのです。今日という初体験の一日が、今日の朝始まったのです。そして今日の夜、今日の私は死んで行くのです。私たちは人生の長さだけ、毎日死ぬ練習をしてきたのですよ」。そして「今生きている、生かされていることを精一杯生ききっていけばよいのだという世界に導かれることだ」と言っておられる。
この世界こそが仏教でいうところの悟りの境地だろうが、イマイチよく理解できない部分である。ただ、多くの死の不安を克服してきた先人をみる時、一所懸命にその日その日を生きることが、死の不安から免れる近道のように私には思えてくる。・・・
今回の講演は土曜日午後の1時15分の開始となっていたが、私は先生にお会いしたいと思って、30分ほど前に西本願寺に着いた。長倉先生が連絡してくれていたお蔭で、若い坊さんが田畑先生のおられる控室に連れて行ってくれた。先生は長倉先生とも龍谷大学で懇意にされておられるということもあり、すぐに打ち解けた話となった。9年前の講演のこともよく覚えてくれていた。部屋を出る時には署名入りで、「医療文化と仏教文化」という小冊子を頂いた。
田畑先生の講演は定刻に始まり、黒板を時々利用しながら約一時間半続いた。会場にはハートフル大学の受講生が大勢来られていたが、やはり大半は高齢者である。まず講演を始まる前に、先生は本堂のお釈迦様と親鸞聖人に「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えた。その後、自らの医師としての臨床経験も交えながら、「仏教」について解き明かされていかれた。
印象に残った部分は「医療は不老不死が究極の目標であるが、これには限界がある」「人は幸福を目指して、マイナスの条件をできるだけ低くして行こうとするが、それでは不幸の完成になる」「念仏の生活は今日を精一杯生きることである」「南無阿弥陀仏という念仏は浄土に逝かれた故人の思いを、自分の言葉で唱えることである」「世間の知恵は物の表面的価値を計算しようとする見方であるが、仏の智慧は物の背後に宿されている意味を感得する見方である」というようなものだった。
