惜別の時(2016/03/31)
この3月は各職場で、送別の季節である。先日は長年外来で初診患者さんの受付の方法など、なにかと患者さん方のお世話をされてきた84歳の新内さん(とてもそんなお歳には見えなかったが)が、この3月で職場を去るということで別れの挨拶に来てくれた。働かれた方も、働く環境を与えた職場もすごいことだと思う。
私が現在非常勤の所長をしている県難病相談・支援センターの「送別会」も、先週の金曜日の25日に、鹿児島中央郵便局前の「やはず」という居酒屋で開かれた。歩道に面した狭いらせん階段を2階に昇っていくと、小さな部屋の真ん中にテーブルが置かれている。風邪で欠席した女性一人(私にはよくわからない会話なのだが、8月に鹿児島公演する『嵐』のチケットが取れなくて、がっかりして熱発したのではないかという憶測である)を除いたセンターの職員10人ほどがテーブルを囲んで腰かけた。最近は高齢者に好まれる掘りごたつ式や椅子の方が多いが、ここでは座らなければならないので少々辛い。
私はこの日も南風病院から店まで歩いて出かけたので、13000歩(この日はせこいと非難される、その場足踏みはほとんど含まれていない)を稼ぐことができた。いつものようにセンターのみなさんに万歩計を「披露した」ら、「またか」と心の中では思っていても、一応驚いたふりをしてくれるところがセンター職員の優しさである。
さて今回の対象者は定年退職の川上課長、延長退職の下出水さん、加世田保健所に異動の五反田保健師の3人である。川上さんは県職として30数年の間に10ヶ所近くの職場を異動されたとのことだが、温厚で実直で真面目に仕事に取り組まれる方だった。下出水さんは輝北町の出身で、自家製のそばをみんなに振る舞ってくれたことが印象に残っている。ソフトボールが趣味で、今も現役で活躍されているということ、趣味の多い人がうらやましい。五反田さんはセンターの発足と同時に異動となり、私と一緒に4年半ほど働かれたことになる。記憶力が素晴らしく、また電話対応などにも優れていた。顔で笑って心で泣ける人である。この夜、福山雅治の大ファンだと聞いたので、私がASAHIビールのキャンペーンで当てたオリジナルビッグタオルをプレゼントすることを約束した。
3月は文字通り異動の季節で、多くの方々が去り、そして4月にはまた新しい人たちを迎える。まさに「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」の繰り返しである。このように県庁などで働く人は2,3年毎に異動になるため、川上さんのように10回近くも転勤を重ねる人が普通である。それぞれの性格にもよるだろうが、家移りを苦労と感じないで新しい職場にもすぐ溶け込める人もいれば、逆に馴染みにくい人もおられるだろう。また子育てや子どもの教育などの関係で単身赴任の場合もあり、それなりのご苦労も多いことかと察せられる。ただプラス面で考えると、同じ職場ではどうしてもマンネリズムに陥りやすい。新らしい職場でさまざまなカルチャーショックを受けながら、いい意味で潜在的な能力が引き出されたり、職場環境の改善につなげられることもある。
私は異動にあたっての、はなむけの言葉として、いつも「いたるところ青山あり」と「郷に入りては郷に従え」という諺を贈ることにしている。新たな環境で、自分にできる可能性に挑戦し、前向きに捉えてほしいという意味である。
私が現在非常勤の所長をしている県難病相談・支援センターの「送別会」も、先週の金曜日の25日に、鹿児島中央郵便局前の「やはず」という居酒屋で開かれた。歩道に面した狭いらせん階段を2階に昇っていくと、小さな部屋の真ん中にテーブルが置かれている。風邪で欠席した女性一人(私にはよくわからない会話なのだが、8月に鹿児島公演する『嵐』のチケットが取れなくて、がっかりして熱発したのではないかという憶測である)を除いたセンターの職員10人ほどがテーブルを囲んで腰かけた。最近は高齢者に好まれる掘りごたつ式や椅子の方が多いが、ここでは座らなければならないので少々辛い。
私はこの日も南風病院から店まで歩いて出かけたので、13000歩(この日はせこいと非難される、その場足踏みはほとんど含まれていない)を稼ぐことができた。いつものようにセンターのみなさんに万歩計を「披露した」ら、「またか」と心の中では思っていても、一応驚いたふりをしてくれるところがセンター職員の優しさである。
さて今回の対象者は定年退職の川上課長、延長退職の下出水さん、加世田保健所に異動の五反田保健師の3人である。川上さんは県職として30数年の間に10ヶ所近くの職場を異動されたとのことだが、温厚で実直で真面目に仕事に取り組まれる方だった。下出水さんは輝北町の出身で、自家製のそばをみんなに振る舞ってくれたことが印象に残っている。ソフトボールが趣味で、今も現役で活躍されているということ、趣味の多い人がうらやましい。五反田さんはセンターの発足と同時に異動となり、私と一緒に4年半ほど働かれたことになる。記憶力が素晴らしく、また電話対応などにも優れていた。顔で笑って心で泣ける人である。この夜、福山雅治の大ファンだと聞いたので、私がASAHIビールのキャンペーンで当てたオリジナルビッグタオルをプレゼントすることを約束した。
3月は文字通り異動の季節で、多くの方々が去り、そして4月にはまた新しい人たちを迎える。まさに「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」の繰り返しである。このように県庁などで働く人は2,3年毎に異動になるため、川上さんのように10回近くも転勤を重ねる人が普通である。それぞれの性格にもよるだろうが、家移りを苦労と感じないで新しい職場にもすぐ溶け込める人もいれば、逆に馴染みにくい人もおられるだろう。また子育てや子どもの教育などの関係で単身赴任の場合もあり、それなりのご苦労も多いことかと察せられる。ただプラス面で考えると、同じ職場ではどうしてもマンネリズムに陥りやすい。新らしい職場でさまざまなカルチャーショックを受けながら、いい意味で潜在的な能力が引き出されたり、職場環境の改善につなげられることもある。
私は異動にあたっての、はなむけの言葉として、いつも「いたるところ青山あり」と「郷に入りては郷に従え」という諺を贈ることにしている。新たな環境で、自分にできる可能性に挑戦し、前向きに捉えてほしいという意味である。
