Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

楠の葉末(後)(2016/03/29) 

そういえば義母の友だちで南九州病院の緩和ケア棟で亡くなられたAさんの言葉も思い出した。平成18年に亡くなられたが、最期に残された手紙の冒頭には次のように記されていた。
私は確実にこの世を旅立つ人です。明日か、明後日か、あとどのくらいの命なのかわかりません。正直に申しますが、実感としては寂しい、怖いなどと思ったことはありません。ある日、ふわっと違った階段をのぼっているか、きっとふんわりと飛び上がっているのかもしれないと思えるのです・・・
死を覚悟して「途中下車する気持ち」とか、「ふわっと違った階段をのぼる」とか、詩的な表現ながらよく的を射ている表現だと思った。
「楠の葉末」という言葉が出たついでに、楠について少し触れてみたい。
楠は鹿児島県の県木であり、県内至る所に植えられている。とりわけ蒲生八幡神社の「蒲生の大楠」(幹周24.2m)は日本最大の巨木として有名である。
最近私は通勤で自宅と病院との間を歩くことが多いが、鶴丸城のお堀を過ぎて旧私学校跡(現在の国立病院機構鹿児島医療センター)には、石垣に沿って大きな楠が何本も植えられている。初春のこの季節、石のレンガで敷き詰められた舗道や側溝は楠の落葉で埋め尽くされんばかりである。楠は「常緑樹」のはずなのに、と思いながらネットで調べると、「ああそうか」と合点がいく。
楠は常緑樹なので冬でもその枝に、たっぷりと緑の葉を茂らせている。ところが鹿児島では初春のちょうど若芽が一斉に伸びるこの時期に、楠の葉は紅葉し落葉してしまうのである。新芽とうまい具合に入れ替わるので、年中緑の葉を眺めることができるという訳である。
落葉というと、秋に黄色に色づいて落葉する銀杏のイメージが強く秋の風物詩だと思っていた。楠はこの時期に落葉するのだと、あらためて実感する毎日である。