Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

楠の葉末(2016/03/28) 

先日のPET健診の結果説明での出来事である。だいぶお年をめされているが、落ち着いた感じの上品な女性に「ハマダの家内です」と言われた時、最初はピンとこなかった。話していくうちに「あの一内科の助教授で、霧島分院長を長く務められた康治先生の奥様」であることに気づいた。濱田先生は私の従兄の故藤林の親友で、「ハマダ」という言葉を何度も聞いたことがあった。「藤林先生が亡くなられたことは、主人には話していないのですよ。気落ちすると思いますので」ということ。濱田先生も数年前に脳梗塞を発症されて、寝たきりの生活のようである。
 自室に戻ってから、濱田先生の書かれた「楠の葉末」という本を探し出した。立派な装丁の本で、表紙をめくると奥様の手紙と栞(しおり)が落ちてきた。手紙を読みながら、ここで全てのことに合点がいった。流れるような達者な手紙(平成25年10月4日)には「先生のご著書のことで、はなはだ不躾なお願いをいたしましたところ、『差し上げますよ』というお言葉を賜り、うれしゅうございました」と書かれている。確か、病院受付の女性から「本を欲しいのですけど、書店にはおいてないので・・・」という電話があり、一冊差し上げた記憶がある。その後しばらくして、この「楠の葉末」という本が送られて来たのだと思う。
発行されたのは平成24年9月で、表題の「楠の葉末」とは旧制第七高等学校造士館の寮歌からとっている。巻頭は顕微鏡を前にした若かりし頃の濱田先生の写真で、次のページにはギムザ染色した骨髄穿刺液中のフイラリア仔虫、そして最後のページが恩師の桝屋富一教授の色紙である。ちなみに桝屋教授は当院の初代院長だった桜井先生に継ぐ二代目の第一内科教授ということになる。
この本に掲載されている随筆の多くは、鹿児島市医師会医報に投稿したものをまとめたものである。どれも洒脱で読みやすい文章であるが、この本のタイトルともなっている「楠の葉末」の「ある旧友の死」はしんみりとさせるものである。
楠の若葉の萌えたつ頃に、旧制高校時代の友人I君が癌で66歳の生涯を閉じた、で始まっている。I君とは高校からの友だちで、今回癌を診察したのが私(濱田先生)だったという。死を前にしたIさんとの会話が記されているが、「癌と聞いた時、泰然自若微動だにせずとはいきませんでしたが、割に淡々と落ち着いて聞けました。何か終着駅の手前で途中下車するような気持でした。途中下車もよしとするか、という心境でした」という。
この部分を読んで、10年ほど前に亡くなった義父のことも思い出した。口腔がんと診断されたその日に写真屋さんで遺影を撮り、以降亡くなるまでの2年余り、一度も死への不安を口にしたことはなかった。戦争を旧制高校時代に過ごした世代であり、死生観がしっかりしており、その肝の座り方に敬服する。