Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

「さわやか倶楽部」つながり(前)(2016/04/19) 

昨年から鹿児島県年金協会(会長は鹿銀OBの鶴丸さん)の「顧問」を仰せつかっている。権限もないかわりに義務も責任もなく、気楽な「顧問」である。
人の縁というものは不思議なもので、ちょっとしたきっかけからさまざまな方向に発展していくのも面白い。2009年だったかと思うが、年金協会主催の講演を宝山ホールで頼まれたことがあった。当時私の「てげてげ通信」などを出版してくださっていた「随筆かごしま社」代表の上薗さんが鶴丸さんと懇意にされており、講師として私を推薦してくれたらしい。この講演会の時、上園さんは受付で本の販売も手伝ってくれて、鶴丸さんを紹介してくれたのがきっかけである。
その鶴丸さんの紹介で、ラ・サール高校の同級生で日本産業退職者協会の(当時)専務理事をされていた有馬さんを紹介され、有馬さんの出版する雑誌に「健康エッセイ」を何回か書かせてもらった。
その鶴丸さんと私の家の近くの天ぷらの「楽楽亭」で一緒に食事をした折、一冊の分厚い「永遠の名(ラ・サール学園2期会)」という古希記念号を頂いた。588ページもの厚みがあり、題名にもあるようにラ・サール高校2期生からの原稿と先輩や後輩、またゆかりのあるジャーナリストなども寄稿されている。そのため、ラ・サール学園発足の経緯や、当時の社会情勢もよくわかる貴重な記録になっている。
私自身はラ・サール学園とは直接には縁はなかったが、愚息や兄の3人の息子などは中学から同園で学んでいる。この本を読みながら、戦後間もない昭和25年に、谷山の小松原の辺鄙な場所に理想を高く掲げた学園がいかにして誕生し、その後70年間近く、日本中にその名前をとどろかせている学園へと発展してきたのかがよくわかる一冊である。男子校であること、寄宿舎生活であったこと、ブラザーなどカトリックの精神による異質の文化がうまく日本で融合したこと、その同窓会活動が活発な訳もこの本を読むことによりよくわかった。
さてもう一つの繋がりが館野さんである。有馬さんの日本産業退職者協会の企画に依るRプラン生活情報誌に「爽やか倶楽部」というものがあり、この編集長が館野さんである。凛としたしなやかな女性で、いかにもこの方面で活躍されておられる都会の女性という感じが醸し出されてくる。私もここ数年、浅田次郎のトークエッセイの後に、先に述べたような「健康エッセイ」を書かせてもらっている。この「爽やか倶楽部」は鹿児島銀行の店頭に置かれているので、ご覧になった人も多いのではないだろうか。
さて4月12日の夜、その有馬さん、鶴丸さん、館野さんと私の4人が、仙巌園の桜華亭で食事をすることとなった。今号の「爽やか倶楽部」の取材を兼ねており、世界遺産の特集で仙巌園や島津さんなども取材されたらしい。普通はこの人数では夜の個室の予約は取れないらしいが、今回の企画ということもあり何かと配慮してくれたようである。