Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

中学同窓会(2016/04/13) 

城西中学校(昭和38年3月卒業)3年15組の同窓会を、4月9日(土)に鹿児島中央駅近くのホテルタイセイアネックス黒潮亭で開くこととなった。これも快く幹事を引き受けてくれるマルチタレントの村上君のお蔭である。当初は人吉への一泊旅行を計画していたが、人数の折り合いがつかなくなり、宴会だけになった。
私たちの頃の城西中学は日本一のマンモス校と言われ、1学年22クラスの1200人(3学年合わせると、約3600人)がプレハブ校舎などでひしめき合っていた。体育館も6つに区切られて、教室として使っていたのではないだろうか。私は原良小学校からで普通のコースだったが、当時は田舎から寄留というやり方で編入して来る生徒が多かった。
当日、私はいつものように17時30分ごろに家を出発して、甲突川河畔を桜を観ながら歩いて行った。鹿児島では今年は開花が遅れて、この日はちょうど満開に近いのだが、一部新芽も混じって変てこな満開となっている。おりしも小雨がちらつくが、高見橋付近にも多くの人が既にテントの上でビールなど飲んでいる。18時前に着いたが、三々五々集まって、最終的には12人ほどとなった。
まず村上君が、今夜に至るまでの経緯を簡単にまとめて話してくれた。かって同窓会に参加していたメンバーの消息では、K君が脳出血でほとんど即死の状態だったこと、博多駅の近くで海山という料理屋を営んでいたM君も視床出血を起こしてリハビリ中とのこと、またT君は明日から公示の市会議員選挙の候補者応援で参加できなくなったことなど。また闘病中のI君にも触れていたが、今朝(13日)の新聞に死亡通知が出ていた。
当時私が級長だった(中学は1年から3年までずっとだった)ということで、簡単な挨拶と乾杯の音頭をとり、後は膝を交えてのそれぞれの「懇親の場」になった。
振り返ってみれば、3年15組の同窓会、直近では平成20年(2008年)と平成23年(2011年)に開催されたので5年ぶりとなる。平成20年は還暦を記念して、桜島の「ふるさと観光ホテル」だったが、混浴の「龍神露天風呂」のことがこの夜も話題になった。ところがこのホテルも今は廃業してなくなっている。
この時の村上君の感動的な案内状は今でも印象に残っている。
「・・・振り返ってみれば、あの日、あの頃はとてもいい時代だったような気がします。世の中にモノやお金がなかった分だけ、仲間と遊ぶ時間や夢を見る心がありました。そう、流行の歌を平凡や明星の付録歌本で覚えた、あの時代です。結局みんながそれぞれの宝物を、自分なりの形で持っていた時代だったんですね・・・」
またこの時の村上君の話で、阿久根のスナックに立ち寄る機会があったそうだが、そこは異様な光景だったという。まだ夕方にもなっていないのに、店は75歳を過ぎただろうと思えるお年寄りが「佃煮」のように寄り添い、ナツメロが延々と歌われていたという。カウンターの中の従業員も同じような年輩で、毎日このように集まってくるのだと。あの時から10年近く、我々がその世代に近づいている。
 平成23年の同窓会は指宿市の「こころの湯」で、修学旅行のように一つの部屋に集まり夜遅くまで話し込んだ。
 21時ごろにお開きとなり、いつものように沖永良部島の坂井君が持って来てくれたグラジオラスやフリージアをもらって帰路についた。