日本神経学会(2016/05/24)
今年度の日本神経学会は神戸コンベンションセンター、神戸ポートピアホテルを会場に、5月18日から21日までの4日間にわたって開催された(私は18,19日の二日間出席)。学会も「催し物」が増えてきたためか3日間では収まりきれなくなり、4日間となっている。大学関係者にはそうでもないかも知れないが、医師の少ない市中の病院では4日間も病院を空けるということは不可能である。当院でも各科の先生方には、できるだけ日常の臨床に影響を及ばさないようにとお願いしている。同時進行でさまざまなシンポジウムや講演が組まれているが、出席できるのはその一つだけであり、また類似の内容が多いことなど考えると、4日間というのは再考の余地があるのではないかと思う。
さて今回の学会は、私にとっては最後の「華」になったかも知れない。学会初日の18日、社員総会で理事選挙管理員会委員長として、その経緯と選挙結果を簡単に述べることと、生涯教育セミナーの「レクチャー」の演者を頼まれていた。そのため、前日の17日に鹿児島を出発し伊丹経由で三宮に向かった。かねて懇意にしている津曲さん(旅丸ツーリスト)にパック(二泊三日)でとってもらったが、飛行機の往復チケットも含めて42000円というお値段である。さすがにパック運賃は安い。ホテルは(今回は東横インではなくて)三宮東急REIホテルだったが、ポートライナーにも近く全てにおいて「正解」だった。ただ二日目の朝のバイキングでは、修学旅行生とおぼしき高校生の一団とかち合って何かと騒々しかった。
生涯教育セミナーの座長は青木先生(東北大学教授)で、最も広いコンベンションホールで開催され、三つのスクリーンに映写されるという広さである。この時間帯、いくつかのセミナーも同時進行ということもあって出席者数はまあまあというところだった(事前申し込みでお金を払えば、専門医クレジットも2点追加される仕組み)。
タイトルは「日本の難病対策の新しい時代~私と難病との関わり~」として、プログラムは1) 難病相談から見えてくるもの、2) 私と難病との関わり、3) 難病法の成立、その過程と意味するもの、そして今後とした。
当初、学会の生涯教育委員会からは「難病法について」ということだったが、法律の概要など一時間も聞かされてはたまらないだろうと思って、前半は「私と難病」について話すことにした。40年間の私と難病との関わりを縦糸として、今回の難病法にどのようにその思いが取り入れられたかなどを具体的に示したが、座長の青木先生の「好意的なコメント」を頂いた。まあ、ストライクゾーンに沿ったものになったのではないかと勝手に解釈している。
今回の学会で特に感じたことは、国際化の流れの中で、全て英語での発表、質疑応答が演題の半分近くを占めており、大会長の梶先生の講演も全て英語でというものだった。数年前に一部取り入れられた時には、日本人同士がつたない英語でやりとりすることに違和感を持ったが、今年の学会では発表者もうまい人が多くなり、日本の国際化も進んできたことを実感できた。我が南風病院には外国で何年も暮らした職員もおられ、今後医師を含めて全職種が英語により親しむ機会を増やして、英会話などの学習とも取り組んで欲しい。きっといつの日か、役に立つことがあると思う。
さて今回の学会は、私にとっては最後の「華」になったかも知れない。学会初日の18日、社員総会で理事選挙管理員会委員長として、その経緯と選挙結果を簡単に述べることと、生涯教育セミナーの「レクチャー」の演者を頼まれていた。そのため、前日の17日に鹿児島を出発し伊丹経由で三宮に向かった。かねて懇意にしている津曲さん(旅丸ツーリスト)にパック(二泊三日)でとってもらったが、飛行機の往復チケットも含めて42000円というお値段である。さすがにパック運賃は安い。ホテルは(今回は東横インではなくて)三宮東急REIホテルだったが、ポートライナーにも近く全てにおいて「正解」だった。ただ二日目の朝のバイキングでは、修学旅行生とおぼしき高校生の一団とかち合って何かと騒々しかった。
生涯教育セミナーの座長は青木先生(東北大学教授)で、最も広いコンベンションホールで開催され、三つのスクリーンに映写されるという広さである。この時間帯、いくつかのセミナーも同時進行ということもあって出席者数はまあまあというところだった(事前申し込みでお金を払えば、専門医クレジットも2点追加される仕組み)。
タイトルは「日本の難病対策の新しい時代~私と難病との関わり~」として、プログラムは1) 難病相談から見えてくるもの、2) 私と難病との関わり、3) 難病法の成立、その過程と意味するもの、そして今後とした。
当初、学会の生涯教育委員会からは「難病法について」ということだったが、法律の概要など一時間も聞かされてはたまらないだろうと思って、前半は「私と難病」について話すことにした。40年間の私と難病との関わりを縦糸として、今回の難病法にどのようにその思いが取り入れられたかなどを具体的に示したが、座長の青木先生の「好意的なコメント」を頂いた。まあ、ストライクゾーンに沿ったものになったのではないかと勝手に解釈している。
今回の学会で特に感じたことは、国際化の流れの中で、全て英語での発表、質疑応答が演題の半分近くを占めており、大会長の梶先生の講演も全て英語でというものだった。数年前に一部取り入れられた時には、日本人同士がつたない英語でやりとりすることに違和感を持ったが、今年の学会では発表者もうまい人が多くなり、日本の国際化も進んできたことを実感できた。我が南風病院には外国で何年も暮らした職員もおられ、今後医師を含めて全職種が英語により親しむ機会を増やして、英会話などの学習とも取り組んで欲しい。きっといつの日か、役に立つことがあると思う。
