Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

メッセンジャーナース(2016/05/10) 

4月24日、鹿児島市民文化センターでの「第1回在宅医療と市民の集い」での講師を頼まれた。この会は「かごしまメッセンジャーナースの会」の主催によるものである。あいにくの雨模様の天気にもかかわらず、132人の医療・保健・福祉の関係者が集まり、有意義な集会となったのではなかろうか。
ところでメッセンジャーナースとは、この集いで最初の講師となった村松静子さん(第43回フローレンス・ナイチンゲール記章受章者)の提唱したもので、「あなたの迷いや苦しんでいることを一緒に整理して、あなたのペースで、あなたの納得できる治療の選択ができるように医療の担い手の懸け橋になります」と書かれている。
そしてメッセンジャーナースのできることとして、次の三つの例を挙げている。
① 主治医は丁寧に説明してくれたが、実はあまり理解していない。その時に、医師の説明を理解できるように、かみ砕いて説明してくれる人がいてくれたらと思う。
② 病状説明も治療方針も理解できたが心に迷いがある。その時に、治療による仕事や家族への影響について、こちらの立場や生活、価値観を理解したうえで、現実的な見通しなどのアドバイスをしてくれる人がいてくれたらと思う。
③ 医師や病院スタッフとの関係を壊したくないため、聴きたいことが聴けない。その時に、医師やスタッフの忙しさを考えると、聴き直しをしたり、再度説明を求めることで面倒な患者と思われたくない。また医療者を前にしても、萎縮しない患者の側に立って聴きたいと思っていたことを聴いてくれる、あるいは言いたいことを代弁してくれる人がいてくれたらと思う。
さて市民の集いでは、まず村松先生が「メッセンジャーナースとは、その必要性」、甲州優先生が「メッセンジャーナース活動の紹介」、里中理恵先生が「難病患者とその家族、支援の現状と課題」、私は「いのちをつなぐ在宅医療」というタイトルで講演した。 私の講演の概要(抄録)
1) 人材の育成
2) 私がALSの在宅医療を始めたきっかけ
3) 南九州病院での在宅医療の歴史とその展開、ボランティア介護大学
4) ナラティブ(物語)な医療とは
メッセンジャーナースに限ったことではありませんが、医療・看護・介護の仕事は「人」の手でやることであり、そこで働く人の「やる気とスキルの良し悪し」で仕事の内容も決まってきます。そこで本日の講演では、まず人材の育成をどのように考えるかから話を始めます。
私がALS患者さんとの関わりを振り返ってみますと、偶然のきっかけから始まり、その時々の必要に迫られながら問題点を解決するための冊子を発行するなど、いわゆる問題解決型のプロセスだったように思います。
1984年、当時の大口保健所所長だった濱田先生から、「家族3人で2年間もALSのお父さんの胸押し(用手人工呼吸)をしている事例がある。どうにかならんかね」という相談から始まったのです。その後、ヘルパーさんによる吸引の必要性、人工呼吸器装着の是非など、時代とともに問題点も変遷していきました。
在宅療養の基本は、患者さん、家族にとっての最も好ましい療養形態はどうあるべきか、そして患者・家族の思いを少しでも実現できる医療・看護・介護の姿を探しあぐねた旅だったように思います。
患者さんはともすると「自分は家族にも迷惑をかけている」など、後ろめたい気持ちや孤独感にさいなまされる人が多いのです。そこで決して一人ぼっちではないこと、多くの人が気にかけてくれていること、そのまま大切な存在であることを知らせる必要があります。
ナラティブという言葉があります。私たち医療者は患者さんとの対話によって新しい物語を創造し、会話を通して新しい意味を発生させ、患者さんの持っている問題を解決していくことです。人生はいくつもの小さな物語からなる大きな物語であり、自分の人生の物語を語れば、自分自身の人生や意味づけもできます。患者さんに寄り添う医療で、ともに人生の物語を完成させるお手伝いのできる、ナラティブな医療について考えてみたいと思います。