良寛も遠くになりにけり(前)(2016/07/28)
先日、人材教育の一環として今年入職した人たちと、理事長・院長と食事をする会が開催されたときのことである。一グループは7,8人で、自己紹介や私に聞きたいことなどを話しながら各グループを回ったが、3グループ目で、私が『散る桜 残る桜も 散る桜』いう歌は良寛さんのもので、長倉先生もよく引き合いに出されますね、ところで、良寛という人、知っていますか」と何気なく尋ねたところ、「誰一人知らない」という。次のグループでも同じように尋ねたが、やはり知っている人はいなかった。
我々の小さいころには、「子供たちと手毬しながら戯れる良寛さん」は童話や子供の読み物の定番のはずだったが、今の子どもたちはそのような機会に接することがなくなってしまっていることに驚いた。先日、新潟大学の神経内科教授だった西澤先生にお会いする機会があったが、「さすがに新潟では良寛さんを知らない人はいないようです」ということだった。ただ世代間のギャップという視点で捉えれば、人の関心は時代や場所、年齢などによって大きく変わることはやむを得ないことだろう。私もAKBをはじめとする最近のスターのことは全く知らないし、ポケモンGOについての知識も関心もない。
ところで私の二冊目の随筆集(2004年8月、日総研)では、良寛について、4編載せている(良寛との出会い、岩室の松、七十歳の良寛、初愁と良寛)。
その中から「良寛との出会い」を紹介するが、15年前の出来事が蘇ってくる。当時、筋ジストロフィー研究班の班長をしており、東奔西走の時代だったように思える。
良寛との出会い
いつごろから、またどうしてそうなってしまったのかわからないけど、日本人の一般的な良寛のイメージとしては、着古しの法衣姿のお人好しの坊さんが、のどかな一日を近くの子どもたちと手毬に興じる姿であろう。冬ともなると想像を絶する厳しい寒さの越後で、しかも人里離れた山奥の小さな庵で、壁に向かって座禅しながら思索にふける禅僧としての良寛の実像との間には、大きな乖離があるように思える。
平成13年一月下旬、東京で筋ジスなどの研究班会議が木曜日から日曜日まで予定され、たまたま金曜日が空いたので、冬の「哀しみ本線日本海」と「雪国の風情」を味わいたいと、早朝の上越新幹線に飛び乗った。結果的には土曜日は南関東地方も大雪で、帰りには「長いトンネルを抜けるとそこもまた雪国だった」という皮肉な結果に終わってしまったが、越後人の温かい歓待に心を打たれた。新潟では革新的な(跡継ぎの有無、宗派、檀家、地域を問わない集合墓の形式)永代供養墓「安穏廟」で有名な角田山妙光寺で、小川住職と囲炉裏を囲んで座談、鹿児島県出身の落さんという人が経営するブドウ畑・ワイナリー・レストランなどの複合文化施設「カーブドッチ」で葡萄酒の試飲、そして五年ほど前に統合し増改築を終えたばかりの西新潟中央病院の見学と、さらに講演をと分刻みの行程で終えた。
我々の小さいころには、「子供たちと手毬しながら戯れる良寛さん」は童話や子供の読み物の定番のはずだったが、今の子どもたちはそのような機会に接することがなくなってしまっていることに驚いた。先日、新潟大学の神経内科教授だった西澤先生にお会いする機会があったが、「さすがに新潟では良寛さんを知らない人はいないようです」ということだった。ただ世代間のギャップという視点で捉えれば、人の関心は時代や場所、年齢などによって大きく変わることはやむを得ないことだろう。私もAKBをはじめとする最近のスターのことは全く知らないし、ポケモンGOについての知識も関心もない。
ところで私の二冊目の随筆集(2004年8月、日総研)では、良寛について、4編載せている(良寛との出会い、岩室の松、七十歳の良寛、初愁と良寛)。
その中から「良寛との出会い」を紹介するが、15年前の出来事が蘇ってくる。当時、筋ジストロフィー研究班の班長をしており、東奔西走の時代だったように思える。
良寛との出会い
いつごろから、またどうしてそうなってしまったのかわからないけど、日本人の一般的な良寛のイメージとしては、着古しの法衣姿のお人好しの坊さんが、のどかな一日を近くの子どもたちと手毬に興じる姿であろう。冬ともなると想像を絶する厳しい寒さの越後で、しかも人里離れた山奥の小さな庵で、壁に向かって座禅しながら思索にふける禅僧としての良寛の実像との間には、大きな乖離があるように思える。
平成13年一月下旬、東京で筋ジスなどの研究班会議が木曜日から日曜日まで予定され、たまたま金曜日が空いたので、冬の「哀しみ本線日本海」と「雪国の風情」を味わいたいと、早朝の上越新幹線に飛び乗った。結果的には土曜日は南関東地方も大雪で、帰りには「長いトンネルを抜けるとそこもまた雪国だった」という皮肉な結果に終わってしまったが、越後人の温かい歓待に心を打たれた。新潟では革新的な(跡継ぎの有無、宗派、檀家、地域を問わない集合墓の形式)永代供養墓「安穏廟」で有名な角田山妙光寺で、小川住職と囲炉裏を囲んで座談、鹿児島県出身の落さんという人が経営するブドウ畑・ワイナリー・レストランなどの複合文化施設「カーブドッチ」で葡萄酒の試飲、そして五年ほど前に統合し増改築を終えたばかりの西新潟中央病院の見学と、さらに講演をと分刻みの行程で終えた。
