年齢とがんを超えて(2016/07/20)
ジャーナリストの鳥越俊太郎さん(76)が、7月12日午後2時過ぎから都内のホテルで記者会見を行い、野党からの要請ではなく、自分自身の意志で東京都知事選挙へ立候補することを決めた、と表明した。
鳥越氏は76歳 しかも、がん患者(過去に)、任期全うできるのか、誰しも不安に思う所である。ただ頭を切り替えれば、今や「年齢」も「がん」の既往も関係なく自らの信念と目標に向かって突き進める時代になったのだと解釈することもできる。ある意味では時代の象徴のような都知事選挙である。
2年近く前の2014年10月4日、南風病院60周年記念市民医療フォーラムを城山観光ホテルで開催したが、特別講演にお呼びしたのが鳥越さんだった。「がんとともに生きる」というタイトルで、一時間半にわたって自らのがんの治療体験をやさしくわかりやすく率直に話されるその力量に感服したものである。また講演の後、理事長や虎の門病院時代に直接に鳥越さんの検査治療にあたられた当院の島岡消化器内科部長などと一緒にディナーをともにした。
鳥越さんは直腸がんの肺や肝への転移で4回の手術歴があるが、最後の肝臓の手術から5年経った2014年の2月に、これまでの執刀医や家族で「お祝いの夕べ」を企画されたという。直腸がんを最初に手術された虎の門病院の執刀医が、「私は5000人以上大腸がんの手術をしていますが、そのうちステージ4の患者さんで5年以上生存されている人は50数人しかおりませんと言われたそうでまさにラッキーなその一人が鳥越さんということになる。
ジムに通い食事も独特の健康法を行っているということで、スリムな長身に薄緑色のセーターをダンディーに着こなされている様は、とても74歳には見えなかった。ご本人もそのあたりは自覚されているようで、「実年齢は74歳でも、タニタの体重計では体内年齢は48歳、精神年齢は18歳のままです」と聴衆の笑いを誘っていた。
今回、鳥越さんが都知事選挙に出馬の意向を固めたのは、参議院議員選挙の開票結果を見ながらだという。確かに今回の選挙結果で、いわゆる改憲勢力が三分の二を占めたことになる。私の古くからの友人は、次のようなメールを送ってくれた。
鳥越さんが病気への不安や、76歳という年齢を押して立候補された事は、秘密保護法の制定以来ジャーナリズムへの目に余る反知性主義的な締め付けや、憲法を無視した政治の有り様に、身体を張って戦う意思を表明されたのだと思いました。病気と年齢は、「もはや失うものは何もない」という思いを強めたのだろうと思いました。同世代の一人として健闘を祈っています。
折しも「あかね」(7月1日号)の「敗戦、旧満州の逃避行」(玉利良隆)が送られてきたが、そこには壮絶な自らの体験が綴られている。
最後には「戦争は国民の命を奪い、いろいろなものを奪った。あのころの国の動きに、国民は何も言えなかった。自由にものが言える今の世の中を守ることが、あの時何もかも奪われた人たちに対する私たちの務めだ。大変な犠牲を払って手に入れたのが、言論の自由と平和憲法だ。忘れないで欲しい」と結んでおられる。
国政と都政は本来異なるものだが、国民の多くは日本の安倍政権の中国の台頭に対抗するための軍備の拡張と平和憲法の改正などに懸念を強めているのも事実である。
鳥越氏は76歳 しかも、がん患者(過去に)、任期全うできるのか、誰しも不安に思う所である。ただ頭を切り替えれば、今や「年齢」も「がん」の既往も関係なく自らの信念と目標に向かって突き進める時代になったのだと解釈することもできる。ある意味では時代の象徴のような都知事選挙である。
2年近く前の2014年10月4日、南風病院60周年記念市民医療フォーラムを城山観光ホテルで開催したが、特別講演にお呼びしたのが鳥越さんだった。「がんとともに生きる」というタイトルで、一時間半にわたって自らのがんの治療体験をやさしくわかりやすく率直に話されるその力量に感服したものである。また講演の後、理事長や虎の門病院時代に直接に鳥越さんの検査治療にあたられた当院の島岡消化器内科部長などと一緒にディナーをともにした。
鳥越さんは直腸がんの肺や肝への転移で4回の手術歴があるが、最後の肝臓の手術から5年経った2014年の2月に、これまでの執刀医や家族で「お祝いの夕べ」を企画されたという。直腸がんを最初に手術された虎の門病院の執刀医が、「私は5000人以上大腸がんの手術をしていますが、そのうちステージ4の患者さんで5年以上生存されている人は50数人しかおりませんと言われたそうでまさにラッキーなその一人が鳥越さんということになる。
ジムに通い食事も独特の健康法を行っているということで、スリムな長身に薄緑色のセーターをダンディーに着こなされている様は、とても74歳には見えなかった。ご本人もそのあたりは自覚されているようで、「実年齢は74歳でも、タニタの体重計では体内年齢は48歳、精神年齢は18歳のままです」と聴衆の笑いを誘っていた。
今回、鳥越さんが都知事選挙に出馬の意向を固めたのは、参議院議員選挙の開票結果を見ながらだという。確かに今回の選挙結果で、いわゆる改憲勢力が三分の二を占めたことになる。私の古くからの友人は、次のようなメールを送ってくれた。
鳥越さんが病気への不安や、76歳という年齢を押して立候補された事は、秘密保護法の制定以来ジャーナリズムへの目に余る反知性主義的な締め付けや、憲法を無視した政治の有り様に、身体を張って戦う意思を表明されたのだと思いました。病気と年齢は、「もはや失うものは何もない」という思いを強めたのだろうと思いました。同世代の一人として健闘を祈っています。
折しも「あかね」(7月1日号)の「敗戦、旧満州の逃避行」(玉利良隆)が送られてきたが、そこには壮絶な自らの体験が綴られている。
最後には「戦争は国民の命を奪い、いろいろなものを奪った。あのころの国の動きに、国民は何も言えなかった。自由にものが言える今の世の中を守ることが、あの時何もかも奪われた人たちに対する私たちの務めだ。大変な犠牲を払って手に入れたのが、言論の自由と平和憲法だ。忘れないで欲しい」と結んでおられる。
国政と都政は本来異なるものだが、国民の多くは日本の安倍政権の中国の台頭に対抗するための軍備の拡張と平和憲法の改正などに懸念を強めているのも事実である。
