Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

ふつうが一番(2016/07/15) 

昔、随筆集などの本を出していた頃、カバーの裏にサインを求められた時、「普通に生きる」という言葉を添えていたことがあった。特別なことなく、普通に、普段に、日常を生きていけることが一番であるという意味だった。最近特にそのように思う毎日である。
 この7月4日、TBSスペシャルドラマのタイトルが「ふつうが一番~作家藤沢周平・父の一言~」というものであった。この言葉は、藤沢がいつも言っていた言葉だそうである。藤沢は郷里の山形で中学校の教員をしていたときに、23歳で結核に罹患する。そのため婚約者と別れ、25歳から5年半、東京の東村山の療養所で過ごす。31歳の時に結婚するが、妻は8ヶ月の娘(遠藤展子)を残して亡くなる。藤沢は勤めと育児、家事に追われながらの辛酸な生活を経て、5年後に再婚する。
 藤沢はこの頃、業界新聞の記者をしていたが、不運な思いを吐き出すように小説を書きはじめる。当然のことながらこの当時の小説は暗いものばかりだったが、再婚して「普通の生活」が戻ってからは、あの清涼な明るさを伴った「藤沢文学」が生まれてくる。「ふつうが一番」には、このような深い意味が込められているのだと思う。
 私は藤沢が好きで、新刊本が出ると真っ先に買って読んでいた。またこの作家に関係する書物もよく買っていた(藤沢周平の世界、全30巻、朝日新聞社も、南九州病院を去る時に、捨てずに持ってきた)ので、このドラマの原作となった遠藤展子の「藤沢周平 父の周辺」(2006年)という単行本も持っている。
 このドラマは藤沢(東山紀之)が、小菅留治の本名で「加工食品新聞」の記者をしていた昭和38年ころから物語は始まる。1人娘の展子を産んで8ヵ月後、妻に先立たれてしまった留治は、病気がちな母・たきゑ(草笛光子)を郷里山形から呼び寄せ3人暮らし。安月給で生活こそ貧しかったが、家族との時間だけは最優先に考えていた。
 そんな折、留治はかねてから付き合いのあった高澤和子(松たか子)との再婚を決意する。和子は留治の実直さだけでなく家族を愛する想いに惹かれていたが、父・庄太郎(前田吟)は猛反対。だが、和子の想いは強く、ほどなく留治との新しい生活が始まった。小菅家の財布を握る留治の母・たきゑから渡される生活費は、1日500円。ギリギリの生活費ながらも、なんとかやり繰りする和子の努力もあり、小菅家は穏やかに暮らしていたが、展子(小林星蘭)が小学校へと上がると、反抗期に入り和子との衝突することもしばしば。
 ある日、あることがきっかけで和子が展子を叱ると、展子は反抗的な態度で口答えをしてしまう。・・・
 その後、直木賞受賞の模様が面白おかしく描かれていた。ちなみに藤沢は3回が候補作、4回目の「暗殺の年輪」で授与している。
 昭和の温かな雰囲気と家族愛に感動したが松たか子さんや祖母役の草笛光子さんの演技は素晴らしかった。ただ東山の藤沢は今一で、どうも私の理解している藤沢像とはちょっと違っていたように感じた。大岡越前や必殺仕事人の主水役にははまっているが、人間の内面や影の部分を深く描きとる役にはまだ時間が必要かと思うことだった。