Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

井形先生のご逝去(後)(2016/08/17) 

井形先生が東海テレビ文化賞(2015年11月)を受賞された時のメールです。
 何時もメールを拝見、遙かにエールを送っています。お祝いのメールを有り難う。たなぼたのように受賞しましたが、20年まえに落下傘のように単身名古屋に赴任、やっと名古屋に定着出来た想いです。今後とも宜しくご指導ください。お礼まで。井形昭弘
 先生が国立病院名誉院長会誌に寄稿されていたエッセイを取り上げた時。
 ますますお元気に大活躍され、心からお慶び申し上げます。毎朝、先生の発信を拝見し、多くを学び、楽しんでいます。有難うございます。さて、本日は国立病院名誉院長の会の私の拙文をご紹介下さり、先ずは厚くお礼申し上げます。福永先生も名誉院長であったのだと改めて気づきました。先生は名実ともに指導的な立場の名誉院長ですが、私は僅か4年間の院長で、この会に加えて頂き恐縮、かつ光栄に思っています。今後とも喜んで宜しくお願いします。高齢になると死生観もかなり具体的になりますが、このレポートは高野山医療フォーラム(座長柳田邦男先生)で発表したものの要約です。これを今や優れたエッセイストである先生に取り上げて頂いたことを光栄に思います。嬉しくてお礼の気持ちを捧げます。井形昭弘 iPadから送信
 宇尾野先生が亡くなられたということに関すること。
 前略 本日佐橋先生から連絡がありましたが、宇尾野先生が2015年6月2日に亡くなった由です。福永先生にもお伝えすると云っておられましたので、もうご存じと思いますが・・・・。宇尾野先生は私の学位論文の指導者です。私が東京都の依嘱を受けて都立神経病院創設準備をしているところに鹿児島大学の話が飛び込んで結果的にはその後任になられましたが、個人的には大恩人です。医局で研究テーマを決めるときに「こんな組織化学の技術が上手い人は見たことがない」とのお世辞を云われて指導頂く関係になり、ドイツ留学もお奨め下さり、見合い(家内とは別の)も奨めてくれました。その上、新名先生や先生もお世話になりました。心からなる哀悼の意を捧げます。葬儀は終わっておりその内に一度お宅に参上したいとは思いますが しみじみと故人を偲んでいます。井形昭弘
 一昨年、私が鹿児島で日本難病医療ネットワーク学会を主宰し、特別講演をお願いした時。
 立派な学会にお招き下さり光栄に存じます。また、学会おめでとうございます。ご苦労様です。張り切って参加させて頂きます。ユニークな難病対策が介護保険の(弱者救済から自立支援へのパラダイムシフト)につながり、また、難病対策のオーファンドラッグの思想がIPSなど再生医療の進歩と相待って安倍内閣の医療、創薬成長戦略に展開したことも強調したいと思っています。乞ご期待。済みませんが14日朝一便で参加、14日夜は泊めて頂きます。宜しくお願いします。井形昭弘 iPadから送
 名古屋で難病医療講演会(2015年3月11日)の前夜、共通の知人の3人で日本料理をご馳走していただいた時。
 メールを有難うございました。昨夜はすっかり昔を思い出し忘れ難く、かつ非常に楽しい一夕となりました。これからも用があっても、なくても時々名古屋においで下さい。先生が七面八肘の活躍をされ、心温まる想いです。ますますのご健勝、ご発展をお祈りします。
 まだまだありますが、いつも温かい目で見守ってくださっていたことがよくわかります。まさに私の人生を左右した大切な恩人でした。今年5月の神経学会でお会いできなかったことがちょっと心残りになりました。ご冥福を心よりお祈りいたします。