井形先生のご逝去(前)(2016/08/16)
睡眠中、電話のベルで起こされた。「大変なことになりました。井形先生が昨日亡くなられたそうです」という第三内科同門会会長の新名先生からである。時計を見ると、8月13日1時過ぎだった。床に就いても眠れず母が昨年亡くなったときと同じような虚脱感で、「もう見守ってくれる人がいなくなった。折に触れてほめて下さり、いつも力づけて下さっていたのに・・・先生に褒めてもらうために頑張っていた」というような、いろいろな思い出も蘇ってきて朝まで眠れなかった。ほめ上手で、誰からも慕われて、医局員皆ひとしく「私の井形先生」という思いではなかっただろうか。
察するに健康長寿の言葉通り、ピンピンコロリと、ひとときも臥せることもなくあの世に赴かれたのではないだろうか。天寿を全うされ、思い残すこともなく、あっぱれな男子の本懐を遂げられたように思う。唯一の心残りがあるとすれば、今年の9月3日に鹿児島市で、「米寿のお祝い」を同門会で企画していたのである。
さて井形先生は紛れもない私の恩師である。先生との出会いがなければ、私は鹿児島で育った多くの医師と同じように、平凡で地味な臨床家で一生を終えることになっていただろう。もちろん、現在がそれほど大それた人生を歩んでいるわけではないのですが、アメリカ留学や厚生行政への関与など、先生の存在なしには考えられない。それらの端緒をつくってくださったのが井形先生である。また超マイナス思考だった私の性格を、プラス思考に近づけてくれた。私は医局時代にはさほど目立つ方でもなく、また医局に在籍した期間も短かったので、先生との関係も教授と一医局員という域にとどまっていたように思う。たまたま国立病院で長いこと働いていた間に、井形先生も中部病院(国立)の院長になられたり、私が厚労省関係の仕事をすることになって関係も深まっていき、いろいろなところで陰ひなたになってサポートしてくださった。また私が毎朝発信しているメールの熱心な読者で、返事もよくいただいた。「先生が読んでくださっている」ということも励みになり、朝のランが長続きしている一つの要因である。「井形先生に読んでもらえない」と思うと、本当に寂しいものがある。
最後のメールは、今年の私の誕生日に頂いたものである。
メールを拝見し、7月10日が先生の誕生日であることを知りました。先生は今、輝かしい人生の絶頂期、何才になられましたか?遅ればせながら心からのお祝いを申し上げます。ますますのご健勝、ご発展をお祈りします。知事が代わったニュースを見ました。時代の波でしょうか? 井形昭弘
また昨年8月、母が亡くなったときには。
メールに気つくのが遅れて済みません。96才の天寿を全うされたご母堂様に心からお悔やみ哀悼の意を捧げます。お父上が亡くなられた時を思い出していますが、先生の現在の大活躍は大きな親孝行であったと思います。大学の機能が夏休み体制にあり、取り敢えず。私のお悔やみの言葉を送ります。井形昭弘 iPadから送信
もう何十年も前の医局員の誕生日に、また亡くなった親のことまで気にかけてくれる恩師がいるものだろうか。
察するに健康長寿の言葉通り、ピンピンコロリと、ひとときも臥せることもなくあの世に赴かれたのではないだろうか。天寿を全うされ、思い残すこともなく、あっぱれな男子の本懐を遂げられたように思う。唯一の心残りがあるとすれば、今年の9月3日に鹿児島市で、「米寿のお祝い」を同門会で企画していたのである。
さて井形先生は紛れもない私の恩師である。先生との出会いがなければ、私は鹿児島で育った多くの医師と同じように、平凡で地味な臨床家で一生を終えることになっていただろう。もちろん、現在がそれほど大それた人生を歩んでいるわけではないのですが、アメリカ留学や厚生行政への関与など、先生の存在なしには考えられない。それらの端緒をつくってくださったのが井形先生である。また超マイナス思考だった私の性格を、プラス思考に近づけてくれた。私は医局時代にはさほど目立つ方でもなく、また医局に在籍した期間も短かったので、先生との関係も教授と一医局員という域にとどまっていたように思う。たまたま国立病院で長いこと働いていた間に、井形先生も中部病院(国立)の院長になられたり、私が厚労省関係の仕事をすることになって関係も深まっていき、いろいろなところで陰ひなたになってサポートしてくださった。また私が毎朝発信しているメールの熱心な読者で、返事もよくいただいた。「先生が読んでくださっている」ということも励みになり、朝のランが長続きしている一つの要因である。「井形先生に読んでもらえない」と思うと、本当に寂しいものがある。
最後のメールは、今年の私の誕生日に頂いたものである。
メールを拝見し、7月10日が先生の誕生日であることを知りました。先生は今、輝かしい人生の絶頂期、何才になられましたか?遅ればせながら心からのお祝いを申し上げます。ますますのご健勝、ご発展をお祈りします。知事が代わったニュースを見ました。時代の波でしょうか? 井形昭弘
また昨年8月、母が亡くなったときには。
メールに気つくのが遅れて済みません。96才の天寿を全うされたご母堂様に心からお悔やみ哀悼の意を捧げます。お父上が亡くなられた時を思い出していますが、先生の現在の大活躍は大きな親孝行であったと思います。大学の機能が夏休み体制にあり、取り敢えず。私のお悔やみの言葉を送ります。井形昭弘 iPadから送信
もう何十年も前の医局員の誕生日に、また亡くなった親のことまで気にかけてくれる恩師がいるものだろうか。
