Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

世の中には感心な人がいる(前)(2016/08/01) 

私は週に一回、難病相談・支援センターで「難病の医療相談」を担当している。一人の相談者に要する時間を約一時間としているので、相談に先立って「時間が限られていますので、率直にありのままを話すことをお許しください」と前置きしながら始めることが多い。そして質問に関しては、いくつもの選択肢があっても、できるだけ断定的に答えるようにしている。難病相談ではこれで全てが解決するといったような正解はあるはずはなく、実際には判断に迷うような難しい質問も多い。あくまで私の知識の範囲や価値観に左右されているからである。また病気の説明は既に受けている場合も多いので、生活全般や今後の療養生活などについて相談が中心になる。
 先日の相談者のFさんは小柄で穏やかな85歳の老人で、脊髄小脳変性症という診断を受けている81歳の奥さんのことで相談にみえられた。お会いする前に住所が名山町になっていたので、親しみを持って(私が前に住んでいた所が名山小校区で、息子も6年間お世話になっていた)接することができ、そこでまずお住まいと、お仕事のことから切り出した。
 察するに、お住まいは市役所前の電車通りから海岸に向けて少しは入ったところ(先日、桜島遊覧船に乗るために家から歩いて桟橋に向かったが、ちょうど道すがらFさんの小さな工場を認めた)ある。自動車修理工場を生業にされており、生まれてこの方、そこに住んでおられ、息子さんを含めて4人の親戚で工場を営んでいる。Fさんは85歳にも拘わらずお元気であり、納車の際には陸運事務所まで自分で運転して行かれるという。暦年齢と実年齢はギャップがあるものだと、あらためて知ることだった(8月7日の南日本新聞の「すいもあまいも」の相談コーナーでは、高齢者の免許返納について取り上げる予定ですが、気にしないで読んでくださいと余計なことまで言ってしまった)。
 まずびっくりしたのは、その類まれなるボランティア精神である。48年間、ほとんど一日も休まずに城山の頂上の展望台の清掃を行ってきたという。雨の日は傘をさして、寒い冬の日も、ほとんど一日も欠かすことなく続けて来られたというから凄い。喘息の鍛錬にと思って始めたらしいが、そのため喘息も克服できて結果的には人助けは自分助けでもある。
 朝2時半に起きて、平田靭負らを祀る薩摩義士の碑の横の階段から登る。「私は4時半頃にその近くを通るのですが、Fさんの方がずっと早いですね」と、笑いながら話しかける。清掃のための箒は市役所が時々供与してくれているが、その他は文字通りのボランティアである。2年ほど前に心臓が悪くなったこともあって自分ですることは止めたが、3人の有志が後を引き継いでくれていてホットされているということだった。城山の展望台がいつもきれいに清掃されているのは、このような人たちのお蔭なのである。