怒り(前)(2016/09/27)
9月の3連休、台風16号の進路を心配し、また重たい問題を心の中に引きずりながらの3日間だったが、備忘録のつもりで振り返りたい。
今年は彼岸の入りは19日(月曜日)で、秋分の日は22日となっていたが、19日は台風の影響で雨の予報、22日は山口市で孫の隼生君の3ヶ月のお宮参りが予定されていたので、17日に草牟田墓地の墓参りと冷水峠にある納骨堂に行くことにした。朝早かったこともあり、草牟田墓地では真正面の駐車場が空いていたので助かった。私たちにとってはそれぞれ4人の父母とご先祖が眠っていることになる。墓地には彼岸花が定番であるが、どこにも見あたらない。
私の先祖の墓は鹿児島市に転居した時に頴娃町から唐湊墓地に移したのだったが、母が出水に住むことになって、出水市の納骨堂に移した。そして昨年、母が亡くなったことを機会に、ここの納骨堂に移ったのである。何事も簡素化、省力化が好ましいというわけではないが、最近の納骨堂は機能的でよくできている。私自身はまだ自分の永遠の居場所を定めていないが、納骨堂のようなスタイルがいいのではないかと考えている。死後のことについてはさほどこだわりはない方だが、スピリチュアルな絆は持っていきたいものである。
昼から南九州病院で長い間一緒だった岩崎さんから、足の病気で鹿児島医療センターに入院しているという電話をもらった。「歩数が稼げる」との思惑もあって、近くの一公でお菓子を買って見舞いに歩いて行くことにした。両足が足首を中心に巨大に腫れて、水泡もできたらしい。筋ジス患者の場合、四肢末梢の循環が悪いので、手足はむくみやすい。幸いにも感染はみられずに、清潔保持と軟膏処置で20日には退院予定だということだった。
岩崎さんとは昔ながらのよしみで、いつものように「あらぬ話」に楽しい2時間余りを過ごした。見舞いは短きを良しと心得ているが、ここは例外である。30年近く一緒に過ごしていたので、積もる話も多く、いつものように遠慮もない。
あの時代、昭和から平成にかけての20年ほど、筋ジス病棟は「ユートピアの時代」だったと言える。皆それぞれ治療法のない重大な難病を抱えていたわけであるが、顔は明るかった。やる気のある心あるスタッフも多かったし、また病院側も銭金を言わなくてもいい時代だったことも幸いしたといえよう。患者さんの気持ちを十二分に発揮できた時代だった。もうあのような時代は戻ってこないだろう。
外に出てみると、思わぬにことにわか雨になっていた。「困ったな」と思いながらひさしの所で雨宿りをしていると、黒い車が近づいてきた。たまたま花田院長が帰るところだということで、中央公園の前まで乗せていただいて助かった。
今年は彼岸の入りは19日(月曜日)で、秋分の日は22日となっていたが、19日は台風の影響で雨の予報、22日は山口市で孫の隼生君の3ヶ月のお宮参りが予定されていたので、17日に草牟田墓地の墓参りと冷水峠にある納骨堂に行くことにした。朝早かったこともあり、草牟田墓地では真正面の駐車場が空いていたので助かった。私たちにとってはそれぞれ4人の父母とご先祖が眠っていることになる。墓地には彼岸花が定番であるが、どこにも見あたらない。
私の先祖の墓は鹿児島市に転居した時に頴娃町から唐湊墓地に移したのだったが、母が出水に住むことになって、出水市の納骨堂に移した。そして昨年、母が亡くなったことを機会に、ここの納骨堂に移ったのである。何事も簡素化、省力化が好ましいというわけではないが、最近の納骨堂は機能的でよくできている。私自身はまだ自分の永遠の居場所を定めていないが、納骨堂のようなスタイルがいいのではないかと考えている。死後のことについてはさほどこだわりはない方だが、スピリチュアルな絆は持っていきたいものである。
昼から南九州病院で長い間一緒だった岩崎さんから、足の病気で鹿児島医療センターに入院しているという電話をもらった。「歩数が稼げる」との思惑もあって、近くの一公でお菓子を買って見舞いに歩いて行くことにした。両足が足首を中心に巨大に腫れて、水泡もできたらしい。筋ジス患者の場合、四肢末梢の循環が悪いので、手足はむくみやすい。幸いにも感染はみられずに、清潔保持と軟膏処置で20日には退院予定だということだった。
岩崎さんとは昔ながらのよしみで、いつものように「あらぬ話」に楽しい2時間余りを過ごした。見舞いは短きを良しと心得ているが、ここは例外である。30年近く一緒に過ごしていたので、積もる話も多く、いつものように遠慮もない。
あの時代、昭和から平成にかけての20年ほど、筋ジス病棟は「ユートピアの時代」だったと言える。皆それぞれ治療法のない重大な難病を抱えていたわけであるが、顔は明るかった。やる気のある心あるスタッフも多かったし、また病院側も銭金を言わなくてもいい時代だったことも幸いしたといえよう。患者さんの気持ちを十二分に発揮できた時代だった。もうあのような時代は戻ってこないだろう。
外に出てみると、思わぬにことにわか雨になっていた。「困ったな」と思いながらひさしの所で雨宿りをしていると、黒い車が近づいてきた。たまたま花田院長が帰るところだということで、中央公園の前まで乗せていただいて助かった。
