山口での歓迎会(2016/09/12)
数か月前に長尾さん(名古屋大学病院副院長)から「寺井さんの名大着任のお祝い(歓迎会)を湯田温泉(山口市)の割烹吉岡でしようと思っています」と言われたことがあった。それなら「私も参加したい」と思っていたら、期日が9月3日ということ、井形先生の「米寿をお祝いする会」と重なっており断念することにしていた。
ところが井形先生が急逝されて会が中止となり、私も参加できるようになった。
長尾先生からのメールでは「参加者は嶋森さん、荒井さん、寺井さん、佐々木さん、古田さん、そして私の6人です。佐々木さんはベテランの看護師さんで、今回幹事のようなことをして頂いています。古田さんはもともと亀田総合病院にいた薬剤師で、医療安全専従薬剤師として名大病院に勤務しています。この6人はもともと嶋森さんが委員長を務める、医療の質・安全学会のネットワーク会議のメンバーで、GRM養成研修会などを毎年開催しています。古くから医療安全管理を担当してきた実務者の集まりでもあります。今回は、寺井さんと古田さんの名大着任のお祝いをしようということになり、私が湯田温泉でやろうと提案したことが発端です」とある。
嶋森さんとは医療安全の関係で旧知の仲であり、長尾さん、寺井さん、荒井さんは日本病院会のアドバンスコースの講師などをお願いしている面々である。佐々木さんと古田さんが私にとっては初対面だと思っていたら、佐々木さんは原宿の日本看護協会に長年勤めておられて、医療安全の関係の仕事をされていたので、私をよく知ってくれていた。
世の中のこと、思い通りには行かないことも多い。9月3日から4日にかけて、台風12号が九州に上陸しそうな形勢になった。私は3日の夜は湯田温泉のホテル田中を予約していたのだが、4日になると新幹線が運行できるかどうかわからないという心配が生じて(秘書で気象予報士の鳥居さんの見解も聞きながら)、3日の最終便(20時58分、新山口駅発)で鹿児島に帰る決断をした。(結果的には台風の進路が西にそれたこともあって、4日に新幹線が運休することはなかった)。
3日の朝、鹿児島市は風が少し強いもののまだ雨も降っておらず、鹿児島中央駅でお土産など買って、9時35分発の「さくら」に乗った。自由席に乗ったが空いていて、新山口駅には11時44分に着いた。12時の防長バスで山口市に向かい、13時過ぎに娘のマンションに着いた。隼生君は元気そのもので、芽生ちゃんが何かと世話を焼いている。17時半までは時間もあったので、近くの山口情報芸術センター前の広大な芝生で、芽生ちゃんと蝶々をとったりして遊んだ。
歓迎会は18時から始まったが、吉岡君が気合を込めて創ってくれた日本料理を楽しんだ。器にも造詣の深い長尾さんの解説で趣を盛り上げてくれた。話は医療安全にまつわることに始まって延命治療や尊厳死問題、井形先生の想いでなど多岐にわたり、楽しい語らいの場となった。私は当初の予定通り、20時過ぎに中座してタクシーで新山口駅に向かった。翌日のメールによると、話が弾んで23時近くまで歓迎会は続いたようである。
ところが井形先生が急逝されて会が中止となり、私も参加できるようになった。
長尾先生からのメールでは「参加者は嶋森さん、荒井さん、寺井さん、佐々木さん、古田さん、そして私の6人です。佐々木さんはベテランの看護師さんで、今回幹事のようなことをして頂いています。古田さんはもともと亀田総合病院にいた薬剤師で、医療安全専従薬剤師として名大病院に勤務しています。この6人はもともと嶋森さんが委員長を務める、医療の質・安全学会のネットワーク会議のメンバーで、GRM養成研修会などを毎年開催しています。古くから医療安全管理を担当してきた実務者の集まりでもあります。今回は、寺井さんと古田さんの名大着任のお祝いをしようということになり、私が湯田温泉でやろうと提案したことが発端です」とある。
嶋森さんとは医療安全の関係で旧知の仲であり、長尾さん、寺井さん、荒井さんは日本病院会のアドバンスコースの講師などをお願いしている面々である。佐々木さんと古田さんが私にとっては初対面だと思っていたら、佐々木さんは原宿の日本看護協会に長年勤めておられて、医療安全の関係の仕事をされていたので、私をよく知ってくれていた。
世の中のこと、思い通りには行かないことも多い。9月3日から4日にかけて、台風12号が九州に上陸しそうな形勢になった。私は3日の夜は湯田温泉のホテル田中を予約していたのだが、4日になると新幹線が運行できるかどうかわからないという心配が生じて(秘書で気象予報士の鳥居さんの見解も聞きながら)、3日の最終便(20時58分、新山口駅発)で鹿児島に帰る決断をした。(結果的には台風の進路が西にそれたこともあって、4日に新幹線が運休することはなかった)。
3日の朝、鹿児島市は風が少し強いもののまだ雨も降っておらず、鹿児島中央駅でお土産など買って、9時35分発の「さくら」に乗った。自由席に乗ったが空いていて、新山口駅には11時44分に着いた。12時の防長バスで山口市に向かい、13時過ぎに娘のマンションに着いた。隼生君は元気そのもので、芽生ちゃんが何かと世話を焼いている。17時半までは時間もあったので、近くの山口情報芸術センター前の広大な芝生で、芽生ちゃんと蝶々をとったりして遊んだ。
歓迎会は18時から始まったが、吉岡君が気合を込めて創ってくれた日本料理を楽しんだ。器にも造詣の深い長尾さんの解説で趣を盛り上げてくれた。話は医療安全にまつわることに始まって延命治療や尊厳死問題、井形先生の想いでなど多岐にわたり、楽しい語らいの場となった。私は当初の予定通り、20時過ぎに中座してタクシーで新山口駅に向かった。翌日のメールによると、話が弾んで23時近くまで歓迎会は続いたようである。
