五木寛之の「語りおろし全集」(2)(2016/09/06)
(1)老子は何を語ったか
中国の戦国春秋時代に老子のもとで「人間が生きていくうえで一番大事なもの、本当の真実とはどういうものか」を学ぼうとしている弟子がいた。ところが老子はなかなか教えてくれず、遂に別れの時を迎えた。老子は弟子の顔を見たのちに自分の口を大きく開けて、その口を指さしながら「この口の中を見よ」というようなジェスチャーをした。そして「私の歯はあるか」と聞いた。「一本もございません」と弟子が答えると「では舌はあるか」「はい。舌はちゃんとございます」「そうか」と言って、老子は待たせてあった牛車に乗って立ち去ったという物語である。
弟子は老子のいわんとするところを一生懸命に考えて「先生が私におっしゃろうとしたことはこういうことではないでしょうか。歯は美しく硬いが、歳月とともに抜け落ちて一本も残らなくなってしまう。舌は見てくれは悪いが、人とともに生き残る。見て美しく立派なものは時とともに無残に失われていくが、けったいな風情をしているものこそ、人の命とともに生きながえるものである。真実もまた、かくのごときであると、そうおっしゃろうとしているのですか」(終)
そうだな、人はともするとうわべだけで判断しがちだが、本当の価値というものは別の所にあるということを言いたかったのだろう。特に最近の風潮として見てくれだけで物事の価値を判断しがちである。老子が言いたかったのは「歯は美しく硬いが、歳月とともに抜け落ちて一本も残らなくなってしまう。舌は見てくれは悪いが、人とともに生き残る」ということである。
また老子のように言葉で教えるのではなく、態度で示すやり方は、相手の想像力も生むことになるので素晴らしい教育方法だと思うのだが、それを感じ取れない人も増えてきている。
中国の戦国春秋時代に老子のもとで「人間が生きていくうえで一番大事なもの、本当の真実とはどういうものか」を学ぼうとしている弟子がいた。ところが老子はなかなか教えてくれず、遂に別れの時を迎えた。老子は弟子の顔を見たのちに自分の口を大きく開けて、その口を指さしながら「この口の中を見よ」というようなジェスチャーをした。そして「私の歯はあるか」と聞いた。「一本もございません」と弟子が答えると「では舌はあるか」「はい。舌はちゃんとございます」「そうか」と言って、老子は待たせてあった牛車に乗って立ち去ったという物語である。
弟子は老子のいわんとするところを一生懸命に考えて「先生が私におっしゃろうとしたことはこういうことではないでしょうか。歯は美しく硬いが、歳月とともに抜け落ちて一本も残らなくなってしまう。舌は見てくれは悪いが、人とともに生き残る。見て美しく立派なものは時とともに無残に失われていくが、けったいな風情をしているものこそ、人の命とともに生きながえるものである。真実もまた、かくのごときであると、そうおっしゃろうとしているのですか」(終)
そうだな、人はともするとうわべだけで判断しがちだが、本当の価値というものは別の所にあるということを言いたかったのだろう。特に最近の風潮として見てくれだけで物事の価値を判断しがちである。老子が言いたかったのは「歯は美しく硬いが、歳月とともに抜け落ちて一本も残らなくなってしまう。舌は見てくれは悪いが、人とともに生き残る」ということである。
また老子のように言葉で教えるのではなく、態度で示すやり方は、相手の想像力も生むことになるので素晴らしい教育方法だと思うのだが、それを感じ取れない人も増えてきている。
