気が早い(2016/09/02)
もう随分昔のこと、「せまい日本そんなに急いでどこへ行く」という標語が、テレビやラジオからしょっちゅう流されたことがあった。調べてみると昭和48年(1973年)の全国交通安全運動の標語募集で、総理大臣賞を貰っている。
南日本新聞の「すいもあまいも」の担当のW記者から先日、次のようなメールを頂いた。
「先生のお仕事の早さにはいつも感服です。井形先生もそういう方だったのですね。先生のお話から、井形先生のとても活き活きとしたお姿が感じられます。故人が記憶の中で生きるというのはこういうことなのでしょうか」
私の場合は、仕事が早く見えるのはテゲテゲなだけで、時間をかけて深く吟味しないだけのことである。とりあえず済ませるのである。
確かに井形先生も気の早い方だった。もう随分昔のことになるが、東京で同じ会議に出席し、羽田空港から私は鹿児島に(先生はどこだったのだろう、名古屋だったら新幹線を利用するはずだから・・・)帰るのに、あいにく鹿児島行きは3時間くらい待たなければならなかった。すると先生が「福永君、福岡に飛んで鹿児島行きに換えたら一時間早く着けるよ」と言われたことがあった。私は「たった一時間のことで・・・」と思い、この時は3時間待つ方法を選んだのだが。
井形先生が、教授時代の話しである。現在もそうであるが、東京での会議は10時に始まることが多い。そのため鹿児島空港を第一便で出発しても30分くらい遅れてしまう。そこで先生の考えた方法は、夜11時過ぎの夜行バスで福岡まで行って、博多発第一便で東京に向かう方法のあることを発見された。「鹿児島は遠いから・・・を理由にすると、いろいろな仕事から外されてしまうよ」とよく言われていた。
気の早いのは、米国でのボスだったエンゲル先生(偶然にも井形先生と同年齢)も同じだった。私が留学したのは1980年だから、そのころの話である。イギリスのロンドン大学と共同研究をしていたことがあり、検体(マウス)が「シカゴ空港までは到着しているが、メイヨークリニック(ミネソタ州のロチェスターにある)に到着するには一日か二日かかるらしい」と聞くと、「Toshi、今からシカゴまで取りに行こう」と言われ、高速道路を往復12時間かけて取りに行ったことがあった。一日が待てない性分なのである。
私が気の早いのは母譲りである。コテル日記に、「『せっかちな性格は母譲りのようである』と触れている箇所があって、そういえばトミーおばさんは電話で用事が終わったら、はいこれまでとさっさと切るのが常であった。思い出し笑いしたよ」と書いてくれている。確かに電話を切るときタイミングはものすごく早くて、油断していると最後まで話せないことはしょっちゅうあった。
この項は12時20分発(8月31日)のソラシドエアの機内で書いている。気が早くて(よく言えば、時間に余裕を持って)11時ちょっと過ぎに空港に着いたのだが、津曲さん(旅行社)から電話があり、「12時10分発の全日空機は機材の到着が一時間ほど遅れるので、新しい出発時間は13時に変更になっています。今だったら、ソラシドエアに変更できます」ということ。結果的にはソラシドエアは定刻より5分早く出発、到着も10分も早くなり、全日空の到着時間とほぼ同じになったので、15時からの厚労省の難病対策委員会には間に合うことができた。不思議に思うことだが、全日空では東京への到着が遅れることはあっても定刻より早くなることはない。ところがソラシドエアは定時運行が多く、これはソラシドエアはドアが閉まるとすぐ出発するのに、全日空では(またまたして)10分ほどかかってしまうからである。なぜそうなっているのか理由はわからない。
南日本新聞の「すいもあまいも」の担当のW記者から先日、次のようなメールを頂いた。
「先生のお仕事の早さにはいつも感服です。井形先生もそういう方だったのですね。先生のお話から、井形先生のとても活き活きとしたお姿が感じられます。故人が記憶の中で生きるというのはこういうことなのでしょうか」
私の場合は、仕事が早く見えるのはテゲテゲなだけで、時間をかけて深く吟味しないだけのことである。とりあえず済ませるのである。
確かに井形先生も気の早い方だった。もう随分昔のことになるが、東京で同じ会議に出席し、羽田空港から私は鹿児島に(先生はどこだったのだろう、名古屋だったら新幹線を利用するはずだから・・・)帰るのに、あいにく鹿児島行きは3時間くらい待たなければならなかった。すると先生が「福永君、福岡に飛んで鹿児島行きに換えたら一時間早く着けるよ」と言われたことがあった。私は「たった一時間のことで・・・」と思い、この時は3時間待つ方法を選んだのだが。
井形先生が、教授時代の話しである。現在もそうであるが、東京での会議は10時に始まることが多い。そのため鹿児島空港を第一便で出発しても30分くらい遅れてしまう。そこで先生の考えた方法は、夜11時過ぎの夜行バスで福岡まで行って、博多発第一便で東京に向かう方法のあることを発見された。「鹿児島は遠いから・・・を理由にすると、いろいろな仕事から外されてしまうよ」とよく言われていた。
気の早いのは、米国でのボスだったエンゲル先生(偶然にも井形先生と同年齢)も同じだった。私が留学したのは1980年だから、そのころの話である。イギリスのロンドン大学と共同研究をしていたことがあり、検体(マウス)が「シカゴ空港までは到着しているが、メイヨークリニック(ミネソタ州のロチェスターにある)に到着するには一日か二日かかるらしい」と聞くと、「Toshi、今からシカゴまで取りに行こう」と言われ、高速道路を往復12時間かけて取りに行ったことがあった。一日が待てない性分なのである。
私が気の早いのは母譲りである。コテル日記に、「『せっかちな性格は母譲りのようである』と触れている箇所があって、そういえばトミーおばさんは電話で用事が終わったら、はいこれまでとさっさと切るのが常であった。思い出し笑いしたよ」と書いてくれている。確かに電話を切るときタイミングはものすごく早くて、油断していると最後まで話せないことはしょっちゅうあった。
この項は12時20分発(8月31日)のソラシドエアの機内で書いている。気が早くて(よく言えば、時間に余裕を持って)11時ちょっと過ぎに空港に着いたのだが、津曲さん(旅行社)から電話があり、「12時10分発の全日空機は機材の到着が一時間ほど遅れるので、新しい出発時間は13時に変更になっています。今だったら、ソラシドエアに変更できます」ということ。結果的にはソラシドエアは定刻より5分早く出発、到着も10分も早くなり、全日空の到着時間とほぼ同じになったので、15時からの厚労省の難病対策委員会には間に合うことができた。不思議に思うことだが、全日空では東京への到着が遅れることはあっても定刻より早くなることはない。ところがソラシドエアは定時運行が多く、これはソラシドエアはドアが閉まるとすぐ出発するのに、全日空では(またまたして)10分ほどかかってしまうからである。なぜそうなっているのか理由はわからない。
